本書に先立って趙コウ(ちょうこう)著『中国美味漫筆』(鈴木博訳、青土社)を読んだ。知識人にして食通の筆者が半世紀に及ぶ豊かな体験を綴(つづ)ったもので、老舗(しにせ)名菜の記憶、飲茶(ヤムチャ)の昔気質の嗜(たしな)み方などが、甘酸っぱい思い出を交えつつ紹介される。悠揚迫らざる筆遣いながら、細部まで神経、観察が行き届いており、私は「大人(たいじん)」という言葉を何回か思い浮かべた。
三面記事に登場する庶民の姿を報告した本書は、前記美味エッセーとは対照的に猥雑(わいざつ)、奔放、混迷、狼藉(ろうぜき)、悲哀を凝縮したような内容だ。ページを繰っていて浮かんだ語句は、もちろん「小人(しょうじん)閑居して不善を為(な)す」である。
不善の例は限りない。我が子を外科に連れて行き、舌を切って「巻き舌」にしてもらった親が上海にいる。英語の発音をよくするためで、上海仁愛病院には続々希望者が訪れた。
婦女子の誘拐が各地で多発している。嫁不足の農村で高く売れるからだ。重慶市だけで、検挙数は年間三百件を超えた。被害は死んだ女性にまで及ぶ。青銅峡市で検挙されたグループは、墓地から盗んだ遺体を長距離バスに乗せて運び、農村で販売していた。未婚のまま死んだ男性の「花嫁」にする風習が残っているのである。
香港ではペットを道連れに飛び降り自殺する女性が後を絶たない。医師や教師など専門職にこの傾向が強く、巻き添えを食うのはシーズー犬と決まっている。
外科医が手術中に携帯電話で女友達と高級車を購入する相談をしていたのも香港。患者本人に告発されたが、医療委員会は「専門業務上特に不適切な行いはなかった」との裁決を下した。
等々の仰天記事は、しかし単に興味本位だけで並べられているわけではない。軽妙な筆致のうちに日中の比較文明論が忍ばせてあり、小声ながら中国文化も論じる。あとがきに曰(いわ)く「他の文化を、他の人々をおかしいものと捉(とら)える思考が、どれだけ脆弱(ぜいじゃく)な基盤の上に成り立っている事か。中国の新聞と同様に日本の新聞に目を転じてみれば、現代日本も相当非常識な……」。まことに同感。
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たかぎ・がなんしあ・あつし 71年生まれ。作家。著書に『お笑い超大国中国的真実』など。