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スーダン・ダルフール―AUの挑戦

2008年4月2日

  • 前ジュネーブ支局長・大野良祐

写真エルファシェールのAU軍スーダン派遣団基地正面ゲート。政府軍の制服のような服を着た少年はカメラの前でおどけて見せた写真町中を巡回する武装したAU軍の装甲車写真警備するAU軍の兵士の周りに、避難民の子供たちが集まってきた写真国内避難民キャンプ内の簡易水道の前で座り込み、次の給水を待ち続ける少女写真NGOが支援する乳幼児への栄養補助事業で子供に配給された食事を与える母親写真WFPがキャンプで行う配給の日、到着したトラックから穀物の袋が次々と降ろされていた写真配給の食糧を抱え、笑顔を見せる少女

 「よう兄弟、どうした?」

 黒い肌の、長身の兵士が陽気に声をかけてきた。北ダルフール州の州都エルファシェールの町はずれにあるアフリカ連合(AU)スーダン派遣団(AMIS)の基地を訪ねた時のこと。土曜日は休日体制で、訪問者受付は無人だった。仕方なく、自動車進入遮断機があるだけの正門から構内に入った。人気はなく、このまま中へ進んで行っていいものか、迷った。何せ軍事基地だ。侵入者として銃でも向けられたらトラブルになる。しかし、向けられたのは銃口ではなく、「よう兄弟」の明るい声だった。

 広報官に会いにきたと来意を告げると、身分証明書の提示を求めるでもなく、目的の事務所に連れていってくれた。おおらかといえばおおらかだが、緊迫した治安情勢が続くダルフールで、平和維持の最前線に立つ国際部隊の基地が「これで大丈夫なのか」という思いもした。

 「われわれにとっては何もかもが初めてのこと。仕方がないさ」。広報官のダニエル・アデケラ氏(ナイジェリア)は苦笑いを浮かべた。02年に発足したAUにとって、AMISは初めての平和維持活動。国連での勤務経験が長いアデケラ氏の目から見ると、「日々混乱」だという。「アフリカの流儀はわかっているつもりだが、国によってこれほどまでに勤務態度もコミュニケーションのとり方も違うとは思っていなかったよ」

 エルファシェール郊外にある三つの国内避難民キャンプへのAMIS文民警官隊のパトロールに同行した。

 ブルキナファソ、ガーナ、モーリシャス、ナイジェリア、ルワンダ、南アフリカ……それぞれのお国の制服に身を包んだ警察官10人ほどが、四輪駆動車に分乗してキャンプに向かう。車列の前後を、護衛の武装兵士を乗せた車両が固める。

 武装した護衛兵士はキャンプ入り口まで。あとは拳銃も持たず、警察官たちは「丸腰」でキャンプに入っていく。避難民を刺激しないためだ。スーダン政府は、ダルフール問題で同政府に厳しい姿勢をとる欧米諸国に不快感をあらわにしてきた。AUによる平和維持部隊をまず受け入れたのも、欧米諸国が主導権を握る部隊に仕切られるのを嫌ったからだとされる。逆に言うと、避難民にはAMIS部隊がスーダン政府寄りと映る。パトロールの警官隊への避難民のまなざしは険しい。

 AMIS警官隊に同行した私たちへの視線もそうだ。「AMISの仲間か」という不信感。加えてもう一つ、彼らを警戒させたとこがある。避難民たちを出身地域ごとに束ねているオンダと呼ばれる長たちは、話を聞こうとする私たちを遮ってこう言った。「あなたは中国人ではないのか。日本人だというなら、まずそれを証明してくれ」。中国とスーダンは資源外交を通じて、結びつきを強めている。中国はスーダンに多額の投資と援助をつぎ込んでいる。国際社会からもスーダンの後ろ盾と見られ、批判されてきた。避難民も中国人への反感を隠さない。同じ顔つきの私たちは、ダルフールのあちこちで「中国人と間違われると、危険な場合もある」と助言された。

 そんななか、AMISは実際、治安維持に相当な苦労をした。部隊は段階的に増強されたが、それでもフランスに匹敵する広大なダルフール地方で投入されたのはわずか7000人。3年半の任務期間中に約100人が死傷した。ハルツームのAMIS本部のメズニ報道官は「平和維持がわれわれのミッション(任務)だ。しかし、紛争当事者は停戦合意を守らず、互いに武力行使を続けている。維持すべき平和がないのに、どうしろというのだ」とまくし立てた。決定的に兵力、装備が不足するなかで、アラブ系民兵やアフリカ系反政府組織の攻撃を抑え込めず、一般住民や避難民から「AMISは役立たずだ」と恨まれる。

 軍事部門のマーチン・ルーサー・アグワイ司令官(ナイジェリア)は私たちに、「AMISは失敗だったという人もいる。しかしそれは、私たちに何を期待したか、という認識の問題だ。避難民キャンプの部族間対立の仲裁もしたし、女性の水くみのエスコートもした。先日は若い母親のお産の手伝いだってした。がんばってきたのだ」と訴えた。

 避難民キャンプの生活は、厳しい。

 エルファシェール近郊のアブシュク、アルサラム、ザムザムの3カ所だけで避難民人口は13万人にのぼる。世界食糧計画(WFP)が配給する穀物や食用油、塩砂糖などで何とかしのぐしかない。田畑を捨てて逃げ延びてきた人びとに生活のすべはない。

 エルファシェールの北西約130キロにあるクトゥムの避難民キャンプで出会った若い女性(24)は、「煮炊きをする薪を手に入れるのも難しくなっている。4年前、キャンプに来た時は、1時間も歩けばロバの背に山のように積めるだけの薪が拾えた。でも今は、片道4時間あるいてもわずかしか拾えなくなった」とため息をついた。避難民数万人がひしめき合うキャンプ一帯では、まず周囲の樹木がどんどん切り倒されていく。人びとの命をつなぐために、林も森も丸裸にされていくのだ。それがまた、避難民たちを苦しめていく。

 衣食住何もかもが足りない。安全もない。「だが、人びとにとって最もつらいことは」とアブシュク・キャンプの男性が言った。「この暮らしがいつまで続くのかわからないことだ」

 08年から、スーダン政府との合意に基づいて、国連とAUの合同平和維持部隊(UNAMID)がAMISを引き継ぐかたちで活動を始めた。2万6000人規模の国連平和維持活動(PKO)史上最大規模になる予定だ。しかし、展開は進んでいない。スーダン政府が様々な条件をつけているためだ。現在の陣容は軍部隊7200人、文民(警察官を含む)1750人。AMISと大して変わらない。

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