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抑圧下の記者クラブ シリーズ・ジンバブエ(1)

2008年9月8日

  • アフリカ研究者・横山仁美

写真写真ジンバブエの首都ハラレ。高層ビルが建ち並ぶ中心部でも、たびたび停電に見舞われる

 ザンベジ・ビールの空き瓶の緑が、テーブルの上に増えていく。ムリボ?─元気かい?遅れてやってきた顔見知りに、誰かが声をかける。夜が更けていき、男たちはビール片手に大声で笑い、そしてショナ語と英語が入り混じった議論は熱を帯びていく。部屋の片隅では、ほろ酔いの男たちがくわえタバコでプールに興ずる。バー独特のタバコと酒のにおいが入り混じった空気とテレビのサッカー中継、球を突く音、そして笑い声と議論の声。これが、ハラレのジャーナリストたちのいつもの夜だった。

 ハラレ中心部のホテルの片隅にある、いわゆる記者クラブに併設されたバーである。

夜のハラレ中心部は、他のアフリカ諸国の都市部と同様に治安が悪い。豊かな国であったにもかかわらず、世界一といわれるハイパーインフレで国民の生活は困窮し、強盗などの一般犯罪も増えた。しかし、それ以上に危険なのが政府による取り締まりだ。

 現在のジンバブエは、都市でも田舎でも、人が集まるところには警察がやってきて、反政府的と疑われる人物を次々と逮捕していくようになってしまった。政治的混乱の中で、暴力を受け死亡した者も少なくない。

そのような情勢で、多くのジャーナリストが逮捕・拷問の憂き目にあった。彼らにはいつでも「逮捕」の恐怖がつきまとうのだ。それが、現在のジンバブエの状況なのである。

 その記者クラブは、ハラレにいる多くのジャーナリストたちの拠点として1980年代の始めに設立され、政治家などがメディアと接するために利用されてきた。しかし、近年の政府によるメディアに対する厳しい取り締りにより、この場所の役割は次第に緊急を要するものになってきた。今では、ジャーナリストにとって政治家などと安全に会うことのできる、数少ない「逮捕の危険」のない場所なのである。メディア関係の国際NGOである南部アフリカメディア研究所(Media Institute for Southern Africa)ジンバブエ支部や、ジンバブエ・ジャーナリスト同盟、その他の多くの市民団体は、記者クラブと密接に活動を続けている。

 バーは会員制であり、基本的に一般の人間は入れないが、私は友人に連れられて何度かその場所を訪れている。メディア関係のNGO役員であるその友人は、ジンバブエでも有名な活動家のひとりだ。よく新聞にも名前が登場し、自らオピニオン記事を執筆することも多い。熱心な活動家仲間が集まるその場所はとても興味深いところで、外国人も女性も滅多に来ることがない。その両方である私はとても目立ったが、やがて皆に名前を覚えてもらうようになり、たまにいろんな政治の話を交わすようになった。

 帽子を目深にかぶり、無言でプール台の球に一点集中して狙いを定めるのは、独立系新聞の記者だ。このご時勢だというのに、政府に対して驚くほどシビアな記事を書く。数年前から発行停止に追い詰められたままの、Daily Newsの記者だという青年もいる。もう何年も、満足な仕事に就いていない。カウンターでバーマン相手に熱弁をふるっているのは通信社の白人記者だ。周囲の人間曰く「野党代表のアドバイザー」という人物までいる。私自身、新聞の署名記事で名前を見たことのある記者たちに何人も会った。現在のジンバブエのメディアを動かしている人物たちが、ここに集う。

 ジンバブエには、メディアを「抑圧」しているといえるいくつかの法律や法案が存在する。情報アクセス・プライバシー法(AIPPA)や、秩序維持法(POSA)、放送サービス法(BSA)、通信傍受法案などがそれだ。ジャーナリストたちは、これらすべての撤廃を政府に求めている。「自由なメディアの存在しない社会を見てみろ。それが独裁なのだ!」一部のジャーナリストは声高に訴える。

 ジンバブエでは、情報メディア委員会(Media and Information Commission)に登録しなくてはジャーナリズム活動を行うことが出来ない。これが、国内の自由な活動を妨げている要因のひとつとなってしまっている。委員会は、政府にコントロールされているからだ。

 狂気ともいえるハイパーインフレーションが劇的に加速し、物の値段が一日のうちで何度も上昇を続けていく状況を見て、中央銀行は再び、今度は10桁にも及ぶ通貨切り下げに踏み切った。国の経済が崩壊しはじめてから数年がたち、生活を立てるために多くの人が国を出て行った。その人数は、300万人以上ともいわれている。ジャーナリストの多くも、英国などに移住して海外からのジャーナリズム活動を行っている。彼らのような、海外に移住していったいわゆるジンバブエ人ディアスポラのコミュニティは各地で活動を活発化させ、国内の法律の効力が及ばない土地で、ニュースなどの情報を発信し続けている。その論調はたいてい、激しく政府を非難するものだ。

 一方で、どんなに生活が辛くとも、身に危険が及ぼうとも、強い意志をもって国に残るひとたちがいる。会話の中で友人が口にしたことばが、いつも私の心の深いところに残る。

君は、日本に帰ったりアメリカやイギリスなんかの外国に暮らしたりするだろう。でも、自分はここに残る。これが自分の国なんだ。ジンバブエは、自分の生まれた国だからだ。

 今日もまた、ハラレの街でジャーナリストたちの夜が更けていく。伝えるべきことがたくさんある。彼らの闘いは、これからなのである。

プロフィール

横山仁美(よこやま・ひとみ)

 アフリカ研究者。(特活)TICAD市民社会フォーラム会員。大学在学時、南アフリカ出身の作家ベッシー・ヘッドの研究を始め、南アフリカ・ボツワナで調査を行う。
 2001年より、飢餓や紛争、野生動物というステレオタイプにとらわれない「普通のアフリカ」を日本の人に知ってもらうきっかけを作るため、日本語メールマガジン『あふりかくじらの自由時間』を発行するとともに、ブログを開設している。
 エディンバラ大学アフリカ研究センター修士課程修了後、コンベンション会社、開発コンサルタント勤務等を経て、2005年から外務省専門調査員として在ジンバブエ大使館に勤務し2007年帰国。
ブログ『あふりかくじらの自由時間』 http://blog.livedoor.jp/africanwhale/

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