2008年12月22日
ルサカの街中にあるGreen Living Movementの事務所。フィンランドからボランティアがエコ新聞の編集を手伝っている。(2008年8月、筆者撮影)
Green Living Movementが支援する村(Nambo, Sereje州)で、メイズを売るために小分けする女性(GLM提供)
スーダン南部ジュバの市場に停車中の日本のトラック。人や物の輸送に使われている=今井高樹氏撮影
洞爺湖サミットのために来日してくれたジョイスさんの村にも行きたかったが、10日しかなかったこともあり、今回は2月の国際会議の際に約束したザンビア西部州の訪問を優先させた。そこで代わりに、ジョイスさんにアグロフォレストリーなどを教えたというNGO、グリーン・リビング・ムーブメント(GLM)の事務所を訪問することにした。
同団体は、1992年のリオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)で開催された国連地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)を契機として、環境問題に積極的に取り組むようになったザンビア人のメディア関係者が集まって1998年に設立されたNGOを母体とする。2000年になると、一部のメンバーが環境問題への啓蒙を中心とする活動に限界を感じるようになり、コミュニティの持続可能な開発のためのNGOへと脱皮させ、現在のGLMができた。そのため、活動の大部分がコミュニティでの活動に割かれ、首都の事務所では経理と報告書作成、ファンドレージング(資金獲得)やエコ新聞作りをしているにすぎないという。
立ち上げたのも運営するのもザンビア人という意味で、正真正銘アフリカ土着のNGOである。とはいえ、国内で得られる資金源はなく、外部からの資金援助を受けている。特に、フィンランドとの関係が深く、政府系援助機関からアグロフォレストリーの初動資金を得ているほか、ボランティア派遣プログラムから年2〜3名のボランティアを受け入れているという。また、ザンビア大学開発学部やエディンバラ大学(英国)とタイアップして、大学院生のインターンや調査者の受け入れを行っており、コミュニティでのフォローアップを手伝ってもらっている。これらの学生は所定の研修・調査期間が終わっても、ボランティアとしてコミュニティに継続して関わることが多いという。
このように国内の知識人、国内外の大学や学生が関わるGLMであるが、結成に際して何よりも活動の基本方針としたのが、ザンビア農民の自立であったという。同じザンビア人とはいえ、教育を受け、都市で暮らしているGLMのスタッフが、たまに訪問することしかできない遠隔地のコミュニティの農民に何ができるか…という議論の中で出てきた結論が、「農民自身のエンパワーメントの支援」であった。そのため、自己満足に陥りがちな一時的なモノの供与や継続性のない技術移転、上からの植林プロジェクトではなく、農民自らの努力次第で生産性が向上し、持続性が維持できる方法が模索され、アグロフォレストリーを中心とする有機農法に行きついた。しかし最大の挑戦は、やる気のある農民との出会いだったという。
代表のエマニュエル氏は語る。「何よりも我々が心がけたのは、やる気のある農民への支援を根気強く行い、その農民を通じての波及効果を重視することだった。都会から来る我々にどんなに知識や技術があったとしても、それぐらいで農民は動かない。農民は自分と同じ農業で生計を立てる他の農民の具体的な実践と成功を目にして初めて動く。だから、やる気のある農民に出会えるかどうかが重要で、ジョイスや何人かの農民に出会えたことは、我々にとって何よりも素晴らしい出来事だった。今回、日本で開かれるG8サミットで農民自身の声を届けたいから、農民を送ってくれと言われたときの我々の喜びは大変なものであった。所詮、農業で食べているわけでない我々の声を聞いてもらっても、それは間接的なことにすぎない。農民もまた、自分たちの生活が世界にとって大きな意味を持っていると知ることは励みになる。こういう機会をこれからも増やしていきたい。」
私のGLM事務所訪問にあわせて、首都に来てくれたジョイスさんとGLMのスタッフに、現在の課題を聞いてみた。すると、今の課題はずばり「余剰作物の販売」だという。GLMの協力で生産能力は向上した。子供たちにも十分食べさせられるようになった。GLMの支援を受けて、自分たちの手で農作物の倉庫兼販売所も作った。さらには、食料価格が高騰し、余剰作物を高値で売るチャンスが到来した。しかし、それ以上にガソリン価格が高騰したため、輸送コストの上昇を理由に商人に買いたたかれた結果、メイズの買い取り価格は変わっていないという。むしろ商人が売る食用油が値上がりし、生活は苦しくなったという。ジョイスさんの村は、首都から600キロ離れているだけでなく、郡都セレンジェ(Serenje)に行くにも120キロの未舗装の道を通らねばならない。したがって、農作物が販売できるマーケット(市場)までの輸送は大きな課題なのである。50キロの豆を例にとると、村に来る商人は農民に4千800円しか支払わないが、首都の市場では9千円で取引されているという。その差額約2倍。このような課題に対してどのような解決策が可能か、自由な発想で思いついたことを何でも披露しあうというブレーンストーミング方式で話し合ってみた。
まず現状の確認があった。GLMのスタッフやボランティアは、かなり頻繁にジョイスさんたちの村に行くが、未舗装道路を走るのに不可欠な四輪駆動車を持っていないために、乗合バスでの移動を余儀なくされている。もし軽トラックが手に入ったら、一つの村だけでなく周辺の村を回ることもできるし、アグロフォレストリーに必要な苗木を林業試験所に寄って入手してから村に行き、帰りに農民たちが収穫した農作物を乗せて一番高値を付けてくれる首都の市場で売却することができる。そうすれば、農民の汗と努力に、より高い対価をもたらすことができるし、GLMが村に通うための燃料代も捻出することができるはず…と夢は膨らんでいった。いつも外国の資金的援助に依存してきたアフリカNGOが、コミュニティ・農民の収入向上の支援をしながら、自らの活動資金を創り出す新しい手法になるかもね、と話は盛り上がった。
で、軽トラは?ここで、皆の夢がパチンと弾けた。とても零細NGOの買える値段ではない。ちなみに、アフリカでは車やトラックというと、日本の中古車を意味するほど街中日本車だらけである。初めてアフリカを訪れる日本人は間違いなくこれに驚く。「めぐみ幼稚園」「小川工務店」…等々、時には右から左に横書きされたこれらの名前を目にして、限りなく懐かしい気持ちになる人も多い。これらの中古車は、日本在住のパキスタン人の中古ディーラーに破格の値段で集められ、中東のドバイを経由して、東アフリカに輸出されている。主に、ダル・エス・サラーム港(タンザニア)やダーバン港(南アフリカ)で積み下ろしされ、そこからアフリカ各地にディーラーが運ぶらしいが、内陸国のザンビアでは、間に何人ものディーラーが介在する結果、車は中古車であっても非常に高い買い物となる。日本では最近は使う年数が延びたとはいえ、車検の高さなどもあり、まだ十分現役で使える車が破棄されている。ユーザーにとっては、廃車する費用もばかにならないため、タダ同然で中古ディーラーに売ることも多い。
外の低所得層向けのスーパーマーケットからは、ガンガンと大音量で音楽が聞こえてくる。雑居ビル2階の4畳の狭い事務所に、ジョイスさんとGLMの4人ですし詰めになり、ああだこうだとブレーンストーミングするうちに、歯痒さに耐え難くなってきた。要済みの軽トラの入手は、日本では不可能ではない気もする。日本のどこかに、好意で譲ってくれる人はいる…はずだ。問題は、輸送費。ここは、GLMのやる気が試される局面だ。大抵のアフリカNGOは、外部からの援助に慣れていて、少しの自己資金でも出し渋ることが多い。だからこそ、TICAD4に向けた連携では、自己持ち出しをしてでも一緒に提言活動をする意欲を持った市民組織を探し、協働してきた。彼らにとっては、お金にならない活動だったが、本当に多くのアフリカ市民組織に熱心にTICADプロセスに関わってもらった。ザンビア農民の自立を目指すというGLMだが、自分たちの組織の自立についてはどのような立場を取っているのか?
こんなことをつらつらと考えていると、GLMスタッフが言った。輸送費は日本からダル・エス・サラーム港まで大体10万円で、これぐらいなら団体でも何とかお金を見つけることが可能なはず。バスでタンザニアまで行って組織の誰かが運転して帰ってくれば大きな出費にはならない。皆の顔にパッと笑顔が広がる。が、まずは団体の企画・運営能力の確認が不可欠である。まさか送った軽トラを売り飛ばしたりはしないだろう。GLMはCSOネットワークの事務局もやっており、ザンビアCSOからの信頼度もかなり高い。しかし、中長期的視点に立って事業を回せるだけの現実的な企画立案能力があるかどうかは重要だ。その際、企画書に滲み出る趣旨が「軽トラ頂戴」というものならアウトだろう。帰国してすぐ、企画書が送られてきた。なかなかの出来(筆者ブログに掲載中)。となると、軽トラ探しを始めなければならない…。
それにしても、農民の汗と努力が報われない現在の世界的、国内的状況では、農民の自立はおろか、やる気を奪いかねない。実際、アフリカでは農村にも農業にも魅力を感じられなくなった若者が大挙して都市に押し寄せ、社会問題になっている。しかし、これは何もアフリカだけのことではなく、日本でも同様である。農民の努力に見合ったお金が支払われるには、農民にもメリットのある農作物販売のシステムづくりが、何よりも急務なのである。これに気づいて、あの世界銀行ですら、農民オーナーシップモデル(Farmer Ownership Model)なるものを立ち上げて、ガーナの農民が自力でヨーロッパに生パイナップルを輸出するための企業作りをNGOと一緒になって支援しているご時世である。
しかし、援助する側の全体としての力点は、洞爺湖サミットでとりわけ「増産」に焦点が当てられたように、まず外部資材の大量供与と新技術移転である。生産力向上はもちろん不可欠である。しかし、それが結果として、外部から持ち込み続けなければならない高価な資材や技術に農民を依存させたり、借金漬けにすることになっては、持続せず意味がない。日本では、「持続性(サステナビリティ)」は、環境面に特化して語られる傾向にあるが、アフリカ農村の文脈で言えば、経済面での継続性が重要である。その点において、ジョイスさんとGLMの試行錯誤は大いに参考になる一方、流通と販売という「農業の出口戦略」への取り組みの重要性を示唆している。
外部のイニシアティブで出来た団体ではなく、土着のNGOならではの挑戦に、日本も中古軽トラを通じた協力ができるとしたら、それはなかなか面白い。ザンビアに到着して4日目。People-driven(人びと主導型)の貧困解消を問うたンジェリさんとの約束の模索が続く。
