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アフリカ特集

変わるアフリカ 負の現実(3) 働き手の子 学校遠く

2008年05月27日

 延々と続く密林をはう赤土の凸凹道。コートジボワール西部メアギから車で4時間走った行き止まりがシニコソン村だ。電気や水道はなく、土壁にトタン屋根の家が並ぶ。

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長い棒の先の刃物でカカオの実を切り落とすイブラヒム君=シニコソン、土佐写す

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 一面のカカオ農園では高さ数メートルの木に約20センチの黄色い実が数個ずつぶら下がる。幹に直接なるのが特徴。中の豆がチョコレートの原料になる。

 イブラヒム(13)が、先に刃物を付けた3メートルほどの棒で実を切り落とし、弟のアッバス(10)が拾い集める。

 2人に昨年末、父が小さな板チョコをくれた。「しっかり働くんだぞ」。一生、農園で働く代わりの駄賃が、初めてのチョコだった。

 カカオ豆の生産量世界一のコートジボワール。80年代、政府は西部に農園を広げるため、「開墾すれば土地を所有できる」との口約束で隣国ブルキナファソやマリから労働者を呼び込んだ。村に学校はなく、労働者の子どもは10代から農園を手伝う。売られてきて働く少年も珍しくない。

売買され農園に

 ブルキナファソ西部のコナドゥグ村。セイドゥ(17)は5年前、イサと名乗る男が来た日のことを覚えている。父に酒をおごり、話し込んでいた。やがて父は「コートジボワールに行け」と言った。

 農園では一日中、実の詰まったバケツを頭に載せ、集積場まで約2キロの道のりを20往復した。炎天下、実をナイフで割って豆を取り出す。ヌルヌル滑る。早くすませようと急いで、何度も手を切った。

 年6万CFAフラン(約1万5千円)の約束だったが、無休で3年間働いて渡されたのは7万フラン。故郷に帰ると、父の第一声は「これだけか」だった。いまは家の畑を手伝う。

 国際熱帯農業研究所の02年の調査では、コートジボワールのカカオ農園で働く子どもは約13万人。NGOセーブ・ザ・チルドレンのフランシス・シア氏は「大半は家族を手伝う子だが、約1万人は売られてきた」と指摘する。コートジボワール首相府のアクア・アモアン特別顧問は「貧困と教育水準の低さが解消されない限り、児童労働の根絶は厳しい」とため息をつく。

 農家の収入は200ドル(約2万円)ほど。主食のコメやキビが高騰し、生活は厳しさを増す。人を雇う余裕はなく、子どもを手伝わせるか、児童売買に頼ることになる。

組合作る動きも

 農民の8割が小学校にもいっていない。読み書きや計算ができず、せっかく収穫した豆を仲介人に買いたたかれてしまう。最近の売値は1キロ450フラン(約110円)だったが、輸出業者の買値は1キロ約650フラン(約160円)だ。

 一方、農家が協同組合を作る動きが出てきた。豆の価格安定や児童労働の撲滅、学校や病院の建設などをめざす。欧米のチョコレートメーカーもフェアトレード(公平貿易)で高値の長期取引を保証して支援する。まだ輸出の2割にとどまるが、貧困と児童労働の悪循環を断ち切る契機になればと期待がかかる。(シニコソン〈コートジボワール西部〉=土佐茂生)

=文中敬称略

(2008年5月23日紙面掲載)

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