■特派員リポート 佐々木学(ハノイ支局長)
ベトナム最後の王朝・グエン朝(1802〜1945年)の都がおかれた中部フエ。王宮跡からチャンティエン橋を通って市街地に向かうと、美しいフオン川沿いの岸辺に、いかめしい顔の大きな石像が見えてくる。ベトナムの独立指導者ファン・ボイ・チャウ(1867−1940)だ。
「日本をめざしたベトナムの英雄と皇子」(白石昌也・早稲田大学教授著、彩流社)などによると、チャウは1905年、フランスの植民地支配からの独立を求め、日露戦争に勝利した日本に武器援助を求めた。だが、敵対しているわけでもない強国フランスをあえて刺激してまで、日本政府がチャウらに公然と武力支援をする見込みは薄かった。犬養毅や大隈重信ら有力者と面会すると、「まずは人材育成を」と諭された。教育者でもある両氏らへの面会を通じ、チャウは日本の近代国家としての成長の背景に教育による人材育成があったことを悟る。そこで方針を転換し、優秀な若者を日本へ留学させる「東遊(ドン・ズー)運動」を始めた。
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朝日新聞国際報道部