2008年3月31日

日本人学校の建設現場で、校舎の見取り図を手にする西田純敏会長
もとは小さな漁村だった。90年代から郊外に自動車産業などの日系工業団地が次々とでき、今は400社が入る。10年ほどの間に「働く日本人の街」に生まれ変わった。
ここで暮らす日本人約3000人の8割が単身者。地元日本人会の西田純敏会長(57)によると、日本語教育の学校がなく、家族を同伴しにくいという。だが、それもやがて解決する。来年4月に日本人学校の開校が決まった。タイ国内では、バンコクに続く2校目となる。
敷地面積3万2000平方メートル。初年度は小中150人の児童・生徒、3年間で350人への増加を見込む。12月に完成する。単身者の間では家族の呼び寄せが始まっており、人口増は確実だ。「より住みやすい日本人コミュニティーの定着を目指す」と西田会長は意気込む。
(文と写真・山本大輔)