2008年5月16日
森川清治郎巡査のご神体
この町には「神」になった日本人がいる。森川清治郎巡査。神奈川県出身の巡査は日本統治時代の1901年、嘉義県副瀬村に赴任した。村人と親交を深め、常に庶民を守る姿勢が愛された。台湾総督府が課した漁業税の減免を総督府側に直談判。だが村民の納税拒否を扇動したと曲解されて戒告処分を受け、巡査は潔白を証明するため自ら命を絶った。
後に「義愛公」の名で祭られた。村の「富安宮」を訪ねると、地元の神々に交じって高さ55センチの巡査のご神体があった。管理者の一人、黄国哲さん(27)は「子供の頃、親から巡査のことを聞かされた。日本人でも台湾人でも偉大な人に区別はない」。巡査のことを知った日本人もたまに参拝に来るという。制服姿にヒゲをたくわえ、厳しい表情で前をみすえるご神体に、生前のまじめな勤務ぶりを見た気がした。(文と写真・野嶋剛)