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ソーシャルメディアの政治権力 ―― バーチャル空間における言論と集会の自由を重視せよ

2011年02月10日発売号

    クレイ・シャーキー/ニューヨーク大学教授

    ■ソーシャルメディアは民主化を促進するのか

     2001年1月17日、ジョセフ・エストラーダ大統領の(不正蓄財をめぐる)弾劾裁判のさなか、フィリピン議会の大統領支持派は、弾劾に値する重要な証拠の公開を阻む決議を採択した。この動きが報道されて2時間もしないうちに大きな変化が起きた。腐敗にまみれた大統領が苦境を脱するかもしれないことに危機感と怒りを覚えた数千人の民衆が、マニラの主要な交差点、エピファニオ・デ・ロス・サントス通りに集まっていた。抗議行動の一部はテキストメッセージをつうじて組織された。「黒い服を着て、エピファニオ・デ・ロス・サントス通りへ(Go 2 EDSA. Wear Blk.)」。人々はこのテキストメッセージを転送・拡散し、マニラのダウンタウンは身動きのとれない交通渋滞に陥った。

     この週だけでも700万のテキストメッセージが飛び交った。民衆が大規模な抗議行動をきわめて迅速に組織したことに危機感を募らせた大統領派も、弾劾資料提出を認めざるを得ないとついに観念した。ここにエストラーダの命運は尽きた。1月20日までに彼は大統領のポストを追われていた。

     この展開は、国の指導者を権力ポストから追放する上で、ソーシャルメディアが大きな役割を果たした初めてのケースだった。エストラーダ自身、「自分はテキストメッセージ世代」によって政治的に追い込まれたと後に述懐している。

     1990年初頭のインターネットの台頭以降、世界のネットワーク人口は数百万から、数十億へと急激に増大し、この間にソーシャルメディアは、市民、活動家、非政府組織、通信企業、ソフトウエア企業、政府などで構成される世界の市民社会における生活の一部として定着した。

     だが、この現象は、アメリカを含む各国政府に明確な問題を突きつけている。縦横無尽に情報を拡散するソーシャルメディアは国益にどのような影響を与えるのか。状況に政策的に対応するには、どうすればよいのか。

     コミュニケーションネットワークがますます濃密かつ複雑になり、さらに多くの人がネットワークに参加するようになるにつれて、人々の情報へのアクセスは高度化し、意見を表明する機会も、集団的な行動を組織する能力も高まった。

     フィリピンの民衆がみせた戦略は、その後、多くの地域で何度も再現された。2004年のスペインでは、(アルカイダの関与を指摘せずに)「マドリッドで起きた列車爆破テロはバスクの分離主義者(バスク祖国と自由)の犯行だ」と決めつけたアズナール首相の発言に抗議して、テキストメッセージで組織されたデモが起き、結局、アズナールは選挙に敗れ、ポストを追われた。

     モルドバで2009年に共産党政権が倒れたのも、選挙であからさまな不正が行われたことに苛立ちを強めた人々が、テキストメッセージ、フェイスブック、ツイッターを介して連携し、大規模なデモを起こした結果だった。さらに、2002年には、ボストングローブ紙がカトリック教会での性的虐待を報じた電子記事をウェブに掲載すると、わずか数時間でこの情報が世界中に拡散した。その後、世界の多くの地域でカトリック教会を相手に、「子供をレイプするような人物を教会は内に抱えている」と糾弾する動きが生じた。

     とはいえ、ソーシャルメディアを用いた活動が抑え込まれたケースも数多くある。2006年3月、(ベラルーシの)ルカシェンコ大統領が投票結果を改ざんしたと疑われるなか、電子メールを用いた連絡などで組織された街頭デモが起きたが、デモはその目的を果たせなかった。その後ルカシェンコは、それまで以上にソーシャルメディアを締め付けるようになった。

     2009年7月のイランのグリーン運動でも、ムサビ候補への投票が改ざんされていると考えた人々があらゆる技術ツールを用いて行動を起こしたが、最終的には暴力的な弾圧によってデモは抑え込まれた。2010年にタイで起きた赤シャツ隊によるデモも似たような運命をたどった。ソーシャルメディアで組織された民衆がバンコクのダンタウンを占拠したが、結局、タイ政府はデモを粉砕し、数十名の犠牲者が出た。

     テキストメッセージ、電子メール、オンライン上の写真、ソーシャルネットワーキングなどのソーシャルメディア・ツールを使用するだけで、必然的に何かの結果へと行き着くわけではない。

     ソーシャルメディアを政治行動に用いた戦いを描き出そうとすれば、往々にして、たんなる対決的なエピソードに矮小化されてしまう。また、ベラルーシのルカシェンコを政権ポストから追放しようとして失敗した事例をパラダイムとみなせば、モルドバのツイッター革命は例外的なケースということになる。比較的新しい現象で、しかも類似性の高い事例が少ないために、統計分析も確度に欠ける。

     「最近の事例からみて、デジタルツールは民主化を加速するといえるだろうか」。この問いに答えるとすれば、どうなるだろうか。ヤコブ・グロシェックやフィリップ・ハワードが示唆するように、その答えは次のようなものになるだろう。「(デジタルツールの使用が)短期的に民主化の試みを損なうことはない。長期的には実質的な助けになることもある。だが、もっとも劇的な効果があるのは、パブリックスフィア(ネット上の公共空間)での活動によって、すでに政府が追い込まれている地域において、という条件がつく」

     その功罪については白黒つけ難いが、ソーシャルメディアは世界のほぼすべての政治運動において連帯を強化するための調整ツールとして機能するようになった。一方で、世界の権威主義政権のほとんど(そして、次第に民主主義政府の多く)は、人々のソーシャルメディアの利用とアクセスを制限しようと試み始めている。

     米国務省は、政策的に「インターネットの自由」にコミットしている。たしかに、「インターネットを自由に利用する権利」を支持するのは、世界の市民社会を強化するという戦略目的にも、表現の自由というアメリカの信条にも合致するのだから、適切な路線かもしれない。

     だが、「インターネットの自由」という概念を、特定国の民主化などの短期的な目的に結びつけて考え、反体制集団の支援や体制変革の支援ツールにしようと試みても、概して効果的なものとはなり得ない。むしろ、うまくいかなかったときの帰結をより深刻なものにしてしまうだけだ。

     専門家の一部は、フィリピンのエストラーダ政権打倒その他のエピソードを引いて、問題のある政権を打倒する上での民衆運動の力を重視している。しかし、ソーシャルメディアが市民社会や公共空間での人々の運動を加速する効果があるのは事実としても、その結果が出るまでには、数週間、数カ月ではなく、数年から数十年の時間がかかる。

     アメリカ政府は「インターネットの自由」を支えていく路線を維持すべきだが、特定国への政策目標を実現するための直接的な路線としてではなく、相手国の政府形態に関係なく、秩序だった形で原則的に適用していくべきだ。さらに、それがもたらす進化が段階的なものにしかなり得ないこと、多くの権威主義国家ではさらに緩慢な効果しかもたらさないことを、最初から認識しておく必要がある。

        ◇

    Clay Shirky イェール大学卒業後、ノンフィクション系の劇を専門とする劇場をニューヨーク市に設立。1990年代初頭に電子フロンティア財団ニューヨーク支部の副会長に就任。ハンターカレッジにてニューメディアの講座を担当した後、現在は、ニューヨーク大学教授。専門はニューメディア、インターネット論。

     <フォーリン・アフェアーズ・リポート2011年2月号掲載>

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