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儒教とアジアの政治 ―― 中国が「民主主義」という表現を使う理由

2012年12月10日発売号

    アンドリュー・ネーサン/コロンビア大学政治学教授

    ■アジア的価値と民主主義

     1980年代半ば以降、いわゆる第3の民主化の波がアジアに到達し、韓国や台湾のような独裁国家でも力強い複数政党制が導入されるようになった。だが、(ミズーリ大学の政治学者)ドー・チュル・シンの見立てによれば、東アジア、東南アジア16カ国のなかで、機能する民主体制を確立している国はわずか6カ国にすぎない。

     アジアには世界的にみても強権的な権威主義国家の一部が存在するし、カンボジア、フィリピン、タイのように、選挙で選ばれた政府とそうでない政府の間を揺れ動いている諸国もある。一方で、世界の強権者たちは、中国の経済的成功と政治的安定をうらやましく思っている。アジアで民主主義が根付くのがかくも難しいのはなぜなのか。

     文化でその一部を説明できるかもしれない。だが、文化に関する議論は、往々にして、文化的価値と統治の関係を正面から説明するのではなく、歪めてしまうことが多い。「伝統的なアジア的価値は民主主義と両立するか」というテーマをめぐって長く展開されてきた論争がまさにそうだ。シンは今回の著作で、事実と神話、仮説と証拠を区別することで、その弊害を避けてアジア的価値に関する議論を整理しようと試みている。

        ◇

     Andrew J. Nathan コロンビア大学教授で、専門は中国政治。最近の著作にアンドリュー・スコベルとの共著China’s Search for Securityがある。

    〈続きはフォーリン・アフェアーズ・リポート12月号〉

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