[PR]

リチャード・カッツ/オリエンタル・エコノミスト・アラート誌編集長

■失速したアベノミクス

 日本の30代前半の若者のますます多くが直面している窮状を考えてみて欲しい。高校時代に塾に通って名の知れた大学に入ったのに、結局、彼らの多くはまともな会社の正社員としては就職できなかった。厳格な労働法ゆえに、企業は業績不振に陥っても正社員のレイオフができないため、人手不足をパートタイマーや一時雇用で凌ごうとする。

 こうしたパートタイマーや一時雇用者の賃金レベルは正社員のそれよりも3分の1程度低い。現在、25―34歳の男性の17%がこうした非正規雇用で採用されて働いており、この割合は1988年と比べて4%上昇している。男女を含む全従業員のなかで賃金レベルの低い非正規社員が占める割合は38%に達している。かつて平等を誇った日本社会にとって、これは衝撃的な数字だろう。

 2012年12月の首相就任時に日本経済の再生を約束した安倍首相は、その後国内雇用は改善したと語っている。だが雇用が増えたのは非正規雇用だけで、正規雇用は3・1%減少している。その結果、安倍政権の発足以来、労働者1人当たりの平均賃金(実質ベース)は2%低下している。

 これでは個人消費が盛り上がらないのも無理はない。それどころか、低賃金のために非正規社員の若者たちは結婚し、家族をもつこともできずにいる。正規雇用されている30代男性の70%は結婚しているが、同年代で非正規雇用の男性の結婚率は25%でしかない。

 これは若者たち個人にとってだけでなく、日本経済全体にとっても大きなダメージになる。非正規雇用者への依存は、日本の最大の資源である人的資源、つまり最新の技術やテクニックを使いこなす人材プールを失うことになる。非正規社員は会社が求めるスキルを身に着けるチャンスがなく、仕事を長く続ければ続けるほど正社員になる可能性は遠のき、ますます人的資源が失われていく。また非正規社員の低い結婚率は、少子化を加速し、年金生活者を支える労働人口の減少という問題をさらに悪化させる。

 こうした相互に関連する一連の問題が日本の経済を停滞させている中核要因である以上、当然、これらを解決することが安倍政権の経済戦略の中枢に据えられているはずだ、と多くの人は考えるかもしれない。だが政府は、こうした問題を解決するための最低限の措置、例えば、正社員か非正規社員かに関係なく、同一の業務には同一の賃金を法律で義務付ける措置さえ提案していない。雇用慣行を抜本的に改革しない限り、企業は今後も業績の変化に応じて従業員の数を調整する安全弁として非正規雇用を利用し続けるだろう。一方、同じ仕事への同一賃金の支払いを法律で義務付ければ、企業が人件費対策として、正社員のいなくなった穴を非正規社員で埋める理由はなくなる。

 アベノミクスとして知られる安倍政権の経済政策は、本質的には信用詐欺(confidence game)のようなものだ。安倍首相と彼の経済顧問たちは、日本経済を低迷させている根本的な原因は不安だと考えた。依って「市民が日本経済の見通しにもっと自信をもてば、個人消費は拡大し、企業の設備投資と雇用も増える」

 さらに安倍政権は、日本経済が低迷している最大の原因をデフレとみなした。首相自ら2013年の演説で「日本は20年間におよぶデフレによって、自信を喪失してしまった」と語っている。その自信を復活させようと、安倍政権は「3本の矢」で構成される経済政策を進めてきた。デフレ克服のための量的緩和政策、消費を刺激するための景気刺激策(財政出動)、そして長期的な成長を実現するための構造改革だ。

 3本の矢すべてが標的を射抜けば、強気になってもおかしくはない。しかし、すでに2本の矢は大きく的を外している。財政出動による景気刺激効果も、債務削減を狙った時期尚早な消費税率の引き上げによって押しつぶされた。一方、構造改革は曖昧なスローガンが飛び交うだけで、先に進んでいない。残るは量的緩和策だが、3本の矢はいずれも他の2本の支えなしでは機能しない。

 自信を取り戻すにはインフレ(ターゲット)よりもずっと本質的なもの、つまり、有意義な構造改革を通じて停滞する日本企業の競争力を回復しなければならない。そうしない限り、一時的な景気浮揚策も結局は幻想に終わる。

 すでに魔法が解け始めていることは株価に表れている。安倍政権発足時から2013年末までに日本の株価は65%上昇した。その多くは外国人投資家の資金のおかげだったが、2014年5月初めまでに売りに転じたために、かつての株価上昇分の3分の1が失われてしまった。外国人投資家は、安倍首相は構造改革に力を入れていないと的確に状況を読み、懸念している。日本の有権者の多くが、株価をアベノミクスに対するプロの投資家たちの評価と考えているだけに、現状が続ければ、安倍政権の支持率と政治的影響力は低下していく。現状で既得権益と対決して改革を進められずにいるとすれば、政治的影響力が低下した後にそうできるとはおよそ考えにくい。

    ◇

Richard Katz アメリカの経済ジャーナリストで、日米関係、日本経済に関する多くの著作をもつ。オリエンタル・エコノミスト・アラート誌代表。東洋経済誌に定期的にコラムを執筆している。

〈続きはフォーリン・アフェアーズ・リポート7月号〉

(C) Copyright 2014 by the Council on Foreign Relations, Inc., and Foreign Affairs, Japan