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竹島(独島)問題―民族の尊厳からむ

 日本海(韓国では東海〈トンヘ〉と呼称)に浮かぶ岩だらけの孤島だが、その領有権をめぐって日韓は厳しく対立している。そこには日本による植民地支配という歴史問題が濃い影を落としている。

 日本敗戦後の46年、連合国軍総司令部(GHQ)は覚書で、日本の行政権を停止する地域に竹島を含めた。しかし、51年署名のサンフランシスコ平和条約では、日本が放棄する島に竹島は明記されなかった。

 このためか、52年の条約発効前に韓国の初代大統領・李承晩(イ・スンマン)は、公海上に「李ライン」(韓国では「平和線」)を引き、竹島を韓国側に入れた。

 そのころからの日韓国交正常化交渉では、竹島問題が最難関の一つとなり、結局は領有権を棚上げして国交を結んだ。

 竹島問題は、日本は領有権争いと見がちだが、韓国では民族の尊厳がからむ歴史問題である。

 きっかけは竹島の島根県編入を言明した1905年の閣議決定と県告示だ。時は日露戦争の真っただ中、日本が韓国の外交権を奪って保護国とする年であり、5年後の併合へ突き進んでいく。

 このため韓国は竹島を「強奪被害の第1号」ととらえている。2005年、島根県議会が「編入100周年」を期して「竹島の日」条例を可決したのに対し、韓国側が激しく反発したのは、そこから来ている。

(小菅幸一)

 ◆人名の読み仮名は現地音です。日本語読みが定着している場合にはひらがなで補記しています。

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