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現在位置:asahi.com >歴史は生きている >3章:日露戦争と朝鮮の植民地化 >記憶をつくるもの > お札―国家のイメージ担う「顔」



〈記憶をつくるもの〉

日本海海戦と「三笠」―戦勝のシンボルに年10万人

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1968年には昭和天皇と皇后が記念艦「三笠」を訪れた

 日露戦争と聞いて、多くの日本人が頭に浮かべるのが日本海海戦ではないだろうか。海戦のあった5月27日は「海軍記念日」、陸軍が奉天(現・中国の瀋陽)を占領した3月10日は「陸軍記念日」となり、昭和の敗戦まで戦勝の記憶として語りつがれた。

 海戦で、東郷平八郎(とうごう・へいはちろう)・連合艦隊司令長官がのった旗艦「三笠(みかさ)」は今、記念艦として復元され、神奈川県横須賀市の海辺の公園にある。艦首は皇居の方に向けられている。記念艦を運営する「三笠保存会」によると、訪問客は05年の「日本海海戦100周年」を機に2年度続けて10万人を超えた。家族連れや学生が増えているのが特徴という。

 元海上自衛官の高橋誠一・広報係長は「先人の努力で、日本の安全と独立が守られたことを子どもたちに知ってほしい」と話す。

今年も5月27日に「日本海海戦記念式典」が開かれた。来賓の荒川堯一・海上自衛隊横須賀地方総監は「日本海海戦はロシアの支配から日本とアジアを救い、大航海時代からの西洋による世界制覇の歴史に一石を投じた」とあいさつした。

 日露戦争と言えば、司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」でも重要な舞台となっている。司馬氏は「坂の上の雲」のあとがきに、こう記している。

 「勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰するようになり、その部分において民族的に痴呆(ちほう)化した。日露戦争を境として日本人の国民的理性が大きく後退して狂躁(きょうそう)の昭和期に入る」

 「坂の上の雲」はNHKがドラマ化し、2009年から3年にわたって放送される。

(中野晃)

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