人民教育出版社の「中国歴史」には、日露戦争と朝鮮の植民地化についての記述はまったくない。その一方で、日露戦争の遠因になった義和団との戦いについては「8カ国連合軍の中国侵略戦争」というタイトルで、4ページにわたって詳しく説明している。その冒頭は次のように書かれている。
《1900年春に、義和団運動は京津地区にまで発展した。闘争の矛先は直接、帝国主義侵略勢力に向けられた。(中略)8カ国連合軍は北京の至るところで焼き打ちや殺害、略奪を行い、悪行の限りを尽くした。》
日本では「北清事変」とか「義和団事件」と呼ばれているが、中国では「反帝愛国運動」として位置づけられている。近年は学界の一部からはこうした位置づけに異論が出ているが、教科書の記述が見直される気配はない。
それにしても、旅順、遼陽、奉天(現在の瀋陽)など中国にとって重要な場所が戦場となったのに、自国史の教科書で取り上げていないのはなぜか。
中国の教科書に詳しい慶応大の段瑞聡・准教授は「交戦の主体は日本とロシア。中国側の認識としては、二つの帝国による戦争とみているから、自国史として位置づけていない」と話す。
日露戦争と朝鮮の植民地化は、高校の世界史教科書(人民教育出版社の「世界近代現代史」)で登場する。「帝国主義に向かう主要資本主義国」というテーマのもと、日露戦争の原因などには触れず、朝鮮の植民地化に重点が置かれている。
《1905年、日本は日露戦争勝利の追い風に乗ってアメリカの支持を得たうえ、朝鮮を植民地として手にした。1910年、日本は朝鮮政府に「日韓合併条約」(1897年、朝鮮は国号を大韓帝国に変えた)の締結を迫り、朝鮮を正式に併呑(へいどん)した。》
(佐藤和雄)