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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com >歴史は生きている >5章:満州事変と「満州国」 >記憶をつくるもの > 中国から見た残留孤児 〈記憶をつくるもの〉
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![]() 日本に帰国した残留孤児が中国の養父母への感謝の意を込め、95年に中国ハルビン市郊外の方正県に建てた「中国養父母公墓」。同県は終戦直後、日本の多くの開拓団関係者が亡くなった地として知られる=古谷写す |
![]() 日中国交正常化35周年を記念して、9月21日に人民日報が掲載した残留孤児の特集記事。「この恩は山のごとく重く、その情けは海のように深い」と見出しにある |
■「民族の寛容さ」示す歴史
1981年4月、中国共産党機関紙の人民日報に、ある寄稿が掲載された。
中日友好協会顧問の趙安博(チャオ・アンポー)氏が書いた「戦後、中国に残った日本の孤児のことで思う」。これが、中国主要メディアが初めて日本人残留孤児の問題を解説的に伝えた記事だとされる。
記事はこの年に始まった日本人残留孤児の肉親捜しの訪日調査のことを伝えたうえで、こう結んだ。「私は多くの中日の友人たちが理解してくれると信じている。苦しい戦争の時代に、中国人民が日本の人民に示した深い情けは、中日友好のさらなる発展に極めて意義があるものだ」
それ以来、中国でこの問題は、日中友好の重要さを訴えるものとして繰り返し伝えられてきた。
終戦時、旧満州にいた約155万人の日本人のうち20万人以上が飢えや寒さなどで亡くなった。日本の悲惨な引き揚げの記憶は、中国において残留孤児に対する「民族の寛容さ」を示す歴史と裏表になっている。
「戦後、2808人の日本の子どもが中国に残され、孤児となった。戦争による傷に満ちた中国人が、彼らを死から救った」。今年4月、日本を訪問した温家宝(ウェン・チアパオ)首相は中国国内に生中継された国会での演説でそう語った。
中国黒竜江省ハルビンでの残留孤児関係の連絡組織である「中国ハルビン市日本留華孤児養父母聯誼会」の理事長・陳英潔(チェン・インチエ)さん(55)は、姉が残留孤児だった。陳さんはこう強調する。
「当時、なぜ中国人は日本の子どもを養子にしたのか。私も多くの人に聞いた。子どもに罪はない。本当にかわいそうに思ったからだ」
■帰国喜ぶ姿に複雑な思い
そうした中国当局の姿勢や関係者の思いにもかかわらず、中国人の残留孤児問題に対する関心は決して高くない。中国でこの問題についての報道は活発とは言えず、特に孤児たちが肉親との再会を果たすような場面が中国のテレビに流れることは異例だ。
その理由について、残留孤児問題の著作がある北京郵電大学の王歓(ワン・ホアン)教授(社会心理学)は、「中国人に言わせれば、それはプライドを傷つけることでもあるからだ」と説明する。
帰国を果たした残留孤児はその喜びを涙ながらに口にする。日本人にとっては感動的な場面だが、多くの中国人の心情は複雑だという。「じゃあ中国は地獄なのか、我々中国人はそんなにあなたたちに悪かったのか、と。当然、民族感情が出て白けてしまう」
少なからぬ孤児たちが帰国後は中国との連絡が疎遠になっていることもある。「孤児たちの日本での生活は楽ではない。メンツもあるし、連絡をとるのは簡単ではないのだろう。でも、中国では『豊かなところに行って、私らのことは忘れたな』と感じる人がいる」
■孤独な養父母への同情
中国での残留孤児問題への研究が本格化したのは、90年代後半に入ってからだと言われる。
2005年に遼寧社会科学院歴史研究所の張志坤(チャン・チークン)・研究員と関亜新(コウン・ヤーシン)・副研究員がまとめた「日本の残留孤児の調査研究」(社会科学文献出版社)は、中国で学問的な視点からこの問題をまとめた初の本格的な研究書と評される。中国政府系のシンクタンク中国社会科学院が政府の委託を受けて始めた歴史研究プロジェクトの一環である。
「日本人残留孤児の歴史は世界史の中でもまれなものではないか。これほどの数の戦敗国の子どもを、戦勝国の人民が恨みを忘れて養子にするのは簡単でないことだ」と張さんは語る。
主な研究対象として選んだのは、養父母や帰国せずに中国に残った残留孤児たちだった。中国でこの問題が語られる時、養父母への視線が常にある。「中国の養父母は必ずしも生活が苦しくて困っているのではない。より大きな問題は、精神的な孤独だ。年老いた彼らは、子どもが頻繁に自分に会いに来てくれることを望んでいる。何らかの支援が必要だ」
この研究書には、日本人から子どもをあずかった際に金銭を渡したとの養父の証言や、「子どもができない」との理由で孤児を引き取ったとの養母の話も出てくる。
中国では、老後を息子や娘の世話になることを幸福とする伝統的な価値観が強い。中国の支援関係者は「中国人は、日本に去った孤児たちのことより、孤児たちが帰国した後の養父母たちの暮らしに同情している」と語る。
広東省の地方紙「南方都市報」は05年3月、「養父母は孤独の中で亡くなっていく」という記事を掲載した。この中で、長春に住む81歳の養母は「私は日本兵に腹をけられ、流産した。これは死ぬまで忘れない。でもね。小さな女の子の孤児を見た時、恨みは頭から消えていた。私が養わなければ、この子は死んでしまうと思った」と話している。90年に日本に帰国した娘は毎年のように「里帰り」してくれるが、一度に滞在できる日数は多くない。養母は「寂しく暮らしている」と記事は伝えた。
温首相は日本での演説で、孤児たちが養父母に感謝していることにも言及し、その言葉を読み上げた。「我々は養父母たちの人道精神と慈愛の心に深く感激し、この恩を永遠に忘れない」
それはまた、今の中国の広範な国民が受け入れることのできる感情を意識したものなのかもしれない。
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