台湾の教科書では、満州事変と満州国については、中国史のほか、世界史でも欧州戦線に呼応した日本の中国侵略の一環と位置づけている。
広く使われている南一書局の「国民中学・社会」は、「10年建設期の内憂外患」の項目で1ページを割く。「10年建設」とは蒋介石による北伐・統一の完成から抗日戦争が起きるまでの1928〜37年を指し、教科書では「10年建国」「黄金の10年」とも呼んでいる。その間の「内憂」とは共産党の勢力拡大であり、「外患」が九・一八事変(台湾での満州事変の呼称)とされる。主な記述は次の通りだ。
《日本が瀋陽城を砲撃したのが九・一八事変だ。翌年、日本は東北地方全域を占領し、退位した清の皇帝・溥儀を擁立して満州国を造り、傀儡(かいらい)政権として、中華をもって中華を制する政策を行った》
また、世界史では「第2次世界大戦」の「調べ学習」の項目で《日本は1931〜37年の間にどう中国侵略を行ったか思い起こしてみよう》と、課題を与えている。
かつての台湾の教科書や、現在の中国の教科書と比べて際立って異なっているのは、「満州国」の表記だ。1983年の「歴史課程標準」に基づく教科書では「偽『満州国』」と表記されていたが、現在は「偽」が消えている。
南一書局の教科書の編集指導委員の周恵民(チョウ・ホイミン)・政治大学歴史学部教授は「九・一八事変は日本の中国侵略の始まりとして重要な出来事だが、国民党は満州国を認めなかったので、教科書の記述は少なかった」と説明する。
現在の教科書には、溥儀が日本の軍人や高級官僚に囲まれた記念写真も紹介され、「満州国」というタイトルが付いている。周教授は「1933年には多くの台湾人が満州国に出稼ぎに行った」と述べ、台湾の歴史からみても満州国の存在が重要であると指摘する。
(田村宏嗣)