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歴史は生きている

アメリカ抜きにアジア語れない クォン・オギ (元東亜日報社長)

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クォン・オギ。元東亜日報社長 1932年生まれ。63年、韓国の東亜日報特派員として来日、日韓国交交渉を取材。金泳三政権で副首相兼統一相。

 アジアの近代とは、一言で言えば西洋との付き合いだ。東アジアの歴史では、アメリカと中国の存在が大きい。そこに日本の成功と失敗が絡むという構図だ。

 日韓や日中関係を一方の当事者の目から「対(つい)」で見るよりも、第三者の目で「並(なら)」べて見れば、お互いがもっとよく分かる。韓国から日本を見れば悪魔に見え、日本から韓国を見れば、遅れて野蛮に見えるかもしれない。だが、それでは、まともな説明にならない。一国史を超え、歴史を並べる観点で見よう。そして隣人への配慮も必要だ。日本の勇ましい歴史を語るとき、勇ましさの犠牲になったのは何か、考えて欲しい。

 東アジアの近現代で最も重要なのは、第2次大戦後、勝利したアメリカの存在が圧倒的になったこと。軍事、経済、政治的に大きな存在であり、アメリカ抜きにアジアは語れない。日本の民主化はアメリカの力によるが、日本はアメリカに製品を輸出し経済大国になった。アメリカがアジアになったとも言えるのが、21世紀ではないか。

 アメリカの強みは何か。諸説あろうが、私は職業柄、言論の自由を第一に挙げる。政府の意見と異なるジャーナリストがいくらでもいる。アメリカは、まず国があって「それに従え」という発想ではない。エドガー・スノーは、毛沢東を世界に知らせた。アジアのジャーナリストは、そんな仕事ができなかった。

 隣国に住む者として日本の存在は大きい。「日本の植民地になった方が得だ」と言われて、朝鮮は植民地にされた。だが、それは他の帝国主義国の支配より過酷だった。日本自身が貧しかったから朝鮮を激しく収奪した。

 帝国主義国が植民地支配について謝罪した例はあまりない。95年の村山首相談話は、「日本が国策を誤った」と謝罪し、評価できる。だが、せっかくの談話を、日本の政治家がたびたび否定する発言をするから、アジアの人たちは「日本は本当に謝罪していない」という疑いを持つ。

 戦後、日本は価値観を大きく変え、軍国主義国家から文化国家になった。49年には湯川秀樹博士がノーベル物理学賞を受賞、51年には黒澤明監督の「羅生門」がベネチア国際映画祭でグランプリを受け、日本の文化が世界レベルで認められた。当時、韓国は朝鮮戦争で、文化どころではなかったから、うらやましかった。日本は戦争をせず、平和国家として経済発展を遂げた。それを評価したい。

 50年の朝鮮戦争に私は砲兵として参戦した。17歳だった。愛国心というよりも、どうせ兵隊にとられるなら気の合う友人と一緒に軍隊に行こうと志願し、平壌に乗り込んだ。

 北朝鮮は民族解放戦争と言っているが、迷惑な話だ。今も休戦協定しかない不安定な状態で、戦争は終わっていない。わたしたちの民族が、合意して朝鮮を南北に分断したのではない。戦争には、アメリカと中国が参戦、大国の利害がからんでいた。統一しようといっても、わが民族だけの合意では足りないのだ。

 中国は、近代化を進めるのに「洋務」「変法」と、いろいろやったが、たどり着いたのが共産「革命」だった。今は改革・開放だ。社会主義は平等を重んじ資本主義は自由を尊ぶ。この二つは近代の価値だ。それを中国式にやっているのが改革・開放だ。果たして中国は政治を民主化できるのか。大きな宿題であり、目を離せない。

(聞き手・桜井泉)
  • (1)第2次大戦後の米国の圧倒的な存在
  •   (以下、順不同)
  •  ○ アヘン戦争
  •  ○ 明治維新から日清戦争
  •  ○ 日露戦争
  •  ○ 朝鮮半島の植民地化
  •  ○ 戦後日本(軍事から文化へ)
  •  ○ 朝鮮戦争
  •  ○ 韓国の経済発展と民主化
  •  ○ 米中関係の正常化
  •  ○ 中国の改革・開放


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