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![]() 灼熱のサマワ世論調査(1)2006年09月08日
編集委員・川上泰徳 いま、イラクのサマワでこのコラムを書き始めた。午後3時、小型の温度計を日向に置くとすぐに針は50度を超えてしまう。外に出ると、皮膚が出ているところが焼けるように熱い。夜は8時、9時といっても熱風が吹き、気温は40度をくだらない。世界最高気温はサマワから300キロほど東にある同じくイラク南部のバスラで1921年に記録された58.8度とされるが、サマワの夏が世界で最も暑いことは疑いない。
最大の問題は一日12時間を超える停電だ。2003年のイラク戦争によるフセイン前政権の崩壊から、3年半たっても、イラクの復興は進んでいない。夜となく昼となく、2時間から3時間おきに停電がくる。停電が長引くと、水も止まる。人々は「フセイン時代も停電はあった。しかし、停電の時間が決まっていて、対応ができた。いまは、停電も無秩序だ」という。朝日新聞が拠点としている民家には自家発電機があるが、容量がたりないため、停電の間はエアコンを止めなければならない。一般の人々では自宅に発電機がない人々がほとんどだが、夜、家の中では眠れないので、外や屋上にベッドを出して寝るという。外は熱風が吹いているが、それでも室内よりもまし、ということだろう。 今回のサマワ取材は、陸上自衛隊がこのサマワに駐留した2年半の間に実施した復興支援事業を検証することだが、同時にサマワを州都とするムサンナ州で人々が自衛隊の活動をどのように評価しているかを問う世論調査の実施も重要な目的だった。世論調査は4日間で約1550サンプルを集めた。検証取材の記事も世論調査の結果も8月末の朝日新聞に掲載されている。このコラムではサマワでどのように世論調査を行い、どのような意味があるのかを書いてみたい。
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サマワでの世論調査は今回3回目だ。自衛隊が駐留を始めてから約5カ月後の2004年6月に最初の調査を実施し、政府が自衛隊派遣の延長を決める前の同年11月に2回目をおこなった。今回の調査は1年9カ月ぶりということになる。欧米や日本での新聞の世論調査は長い歴史と蓄積があり、ルールも確立されている。しかし、日本とは社会のあり方からして異なるイラクで、どのように調査を行えばいいのかをイラク人のスタッフと話し合った。 調査の方法は、朝日新聞本社で世論調査を担当する世論調査部と相談した。調査はストリート方式と呼ばれる方法をとることが決まった。特定の通りを選び、その通りの地番の偶数や奇数と決めて、調査対象の家を決め、調査員が訪ねていって、その家で調査実施時に最も近い誕生日の人間に答えてもらう方式だ。 問題はどのようにして調査員を集めるかということだった。日本では調査員は大学生などのアルバイトを使うが、サマワにもムサンナ大学という小さな大学があり、大学生を集めることも考えた。初めての世論調査であり、かなり町を歩かねばならない。初めての住民から予期しない反発があるかもしれないから、男子生徒に頼むしかないと考えた。ところが、準備を進めていて、はっと気づいた。男性の調査員が家を訪ねた場合、その家の女性に答えてもらうことができるかどうかだった。サマワおよびムサンナ州は伝統的な部族社会であり、おおむね非常に伝統的なイスラム教シーア派の社会だ。男性である私がある家に取材に行っても、その家の女性が顔を見せることは全くない。 男性調査員が訪ねた時に、対応するのは必ず男性だ。しかし、調査対象者がその妻や娘だった場合に、外部の男性である調査員が、「奥さん(または、娘さんを)に答えて欲しい」と言って了解されるだろうか。私の問いに対するイラク人スタッフの答えは「無理だろう」というものだった。スタッフから「女性の意見が必要だったら、女性会館に行って聞けばいいのではないか」という意見がでた。しかし、そうすると、特定の人々に対するアンケート調査にはなっても、世論の動向を知るために「無作為抽出」が原則の世論調査にはならない。 その時にひらめいたのが、15人から20人の調査員を全員女性にすることだった。女性ならば、戸別訪問して女性にも男性にも会って、意見を聞くこともできる。理論的には可能だが、女性の社会進出が極めて制約されている、この地域で、どのようにして女性調査員を集めたらよいのか。 「小学校の先生たちはどうか」という意見が出た。イラクでも日本と同様、小学校教諭は女性が多い。州庁舎などでは女性職員はかなり限られており、小学校教諭の職はサマワで教育を受けた女性にとっては数少ない職場だった。女性は家にいることが普通の社会で、教育があり、働く意欲のある女性は小学校教諭だ。住民から質問や疑問が出ても、教諭としての経験があれば、かなり答えることができるだろう。最初の調査をしたのは6月で、学校はちょうど夏休みに入っていた。 女性の調査員と考えて、エジプトの人権団体に「女性に対する夫からの暴力」について取材をした時に対応してくれた2人の女性ソーシャルワーカーを思い出した。人権団体なので、働いている女性はもっと西洋的なのかと思ったら、2人ともイスラム教の黒いベールをした女性だった。「イスラム教でも女性に対する暴力は禁止されている」と彼女たちは語った。ケースごとのファイルを開きながら、私の質問に具体的に答えた。問題を抱える家庭を訪ねて、女性たちの話を聞いて、援助活動をしている様子が分かるようだった。イスラム世界では地域や家を訪ねる仕事の場合は、女性のほうが有利なのだ。 さらに90年のイラク軍による侵攻によって占領されたクウェートで、女性たちが病人を抱えた家や貧しい家を助けるために食糧を運んだり、反イラクを訴えるビラを運んだりしたという話を取材したこともある。男性たちはイラク軍に見つからないように家の中に閉じこもっていたが、女性たちはイラク軍に警戒感を与えずに外に出ることができた。そのような女性の働きが、湾岸戦争後にクウェートで女性参政権を求める運動につながった。 サマワでの世論調査は、地元の女性調査員だけをつかって始まり、今回の3回目も同じだった。女性たちはシーア派地域に特有のアバヤと呼ばれる黒い外衣で頭からすっぽりと体を包んだ服装で、割り当てられた調査地域に行った。対象となる通りの決まられた番号の家を訪ねて、調査対象となる人物に会って、調査票を片手に質問をする。地元スタッフに世論調査の何カ所かで、調査の様子を撮影してもらった。写真からは、和やかな雰囲気の中でしっかりと調査が行われている様子が伝わってくる。 一人の調査員が4日間で70戸から80戸を回った。女性調査員を使って正解だった。質問には「現政権を支持するか」「どの指導者を支持するか」という政治的な質問もあることから、警戒する住民もいる。調査員が警察に通報されたこともあるが、大きな混乱にはならなかった。ムサンナ州は有力部族が地域ごとに勢力をはっている場所であり、これが男性調査員の場合は、どの部族に属しているかとか、政治的な立場などを勘ぐられて、問題がややこしくなったかもしれない。調査実施はルールに従って行うように調査員に強調したが、それがかなり手際よく行われたのはサマワの女性教諭たちのおかげである。 調査終了後に女性調査員たちに調査に参加した感想を書いてもらった。 ライラさんは「世論調査に参加したことは重い経験だった。人々の生活の実体と現実を知り、人々が様々な問題を抱えて苦しんでいることを知った。政府や役人たちは目を向けないし、私たち自身も他の人々がどのようなことで苦しんでいるかを知る機会も、知る方法もないと思った」と書いた。 質問の中には、自衛隊の活動の評価とともに、人々にとっての「深刻な問題」を聞いた。結果は、(1)失業(2)過激派のテロ(3)電気の不足――の順となった。 別の調査員のサルワさんは、「世論調査は初めて経験だったので楽しかった。調査で親切に歓迎してくれる人々がいた反面、私たちを無視して、ドアを閉めてしまう人たちもいた。それは35年間にわたって専横のもとにあったことで形づくられたものだろう」と書いた。 調査員たちの感想を読んでいると、人々に直接会ってその意見を聞くという世論調査のあり方が、今後、女性たちが社会に関わる方法としてよい前例になるのではないかと思った。常に女性の社会進出が妨げられているとして批判されるイスラム世界における女性の役割についても可能性を感じる。 女性が活躍できるのは世論調査だけではない。イラクの中でも非常にイスラム色や部族色が強い、ムサンナ州で各家庭に入っていくような仕事をするには、女性の働きが必要なのだ。イスラム教は家庭を社会の基本的な単位として位置づけ、重要視するが、国民を政治的な動員の道具としか考えなかった強権政権のもとで人々の生活の実態や必要は顧みられなかった。アラブ・イスラム世界では、部族長や宗教指導者など男性中心の社会の中で、女性たちは政治的、社会的に縛られているのは現実だ。しかし、女性たちだけが縛られておりのではなく、女性もその一部である普通の家庭や、普通の人々が、政治から排除され、有力者が政治を牛耳る構造が出来上がっている。 その強権体制の中で、市民の生活の場である地域や家庭は、見捨てられ、ただ有力者とのつながりの中だけで利益を与えられてきた。今後、中東でも選挙を通して政治の進路が決まる民主主義が定着していけば、日々の暮らしと結びついた一般の人々の意識がより政治に影響力を持つことになるだろう。政府や各政党も選挙で民意を得るためには、国民の生活実態や具体的なニーズを調査し、知り、改善していくことが必要となる。逆に中東の政治や社会が足元から再生・発展できるかどうかは、今後、この地域で女性たちが重要な役割を担うことができるかどうかにかかっているだろう。 (つづく)
(世論調査実施の写真は、サマワのナイフ・ファハド、ファイズ・ファハド両現地助手が撮影)
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