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![]() 灼熱のサマワ世論調査(2)2006年09月17日
編集委員・川上泰徳 朝日新聞が今年8月にイラク南部のサマワで行った世論調査は、地元のウルク紙との共同だった。調査は地元紙に任せて、調査費用などを負担したのだろうと思われるかもしれないが、最初の段階で、地元新聞社にはそもそも世論調査の経験がないことが分かった。朝日新聞のバグダッド支局とサマワ事務所のイラク人スタッフを使って、調査員の人集めから調査地点の選択、調査実施、集計などのすべての実務を行った。地元紙の編集長には調査期間中にサマワ事務所に詰めてもらい、監督者の一人として立ち会ってもらった。
陸上自衛隊が駐留したサマワを首都とするムサンナ州での世論調査は今回3回目だが、04年11月に実施した2回目の調査で、立ち会っている地元紙の編集長が「この調査はよくない」と言っているという連絡が地元スタッフからあった。「高等教育を受けていない人間や、字が読めない者にまで意見を聞いても意味がない。もっと州職員などちゃんとした教育を受けた回答者を増やすべきだ」と言っているという。 世論調査は無作為抽出のルールに則って実施した。高学歴者など特定のグループを選べば、世論調査ではなく、アンケート調査になってしまう。世論調査は、民主主義の下で選挙権を持つすべての国民を対象として、「世論」の動向を知るために行われる。性別や学歴、収入などにかかわらず、国民が平等に一人一票の選挙権を持つという民主主義の原則が調査にも適用されることを地元スタッフに説明し、編集長に伝えた。 この編集長のような疑問が出てくるのは、イラク戦争前のサダム・フセイン体制の政治のあり方と密接につながっている。前政権は中東の中でも厳しい独裁体制だった。アラブ社会主義を唱える「バース党」による一党独裁である。国民は政治の主体ではなく、バース党によって指導され、動員され、党が唱える政治スローガンを支える役目だ。もし、政治に関わろうとするならば、バース党に入党し、バース党の方針を学習して、その上で、国民を動員する側にまわることになる。 バース党以外の方針に基づいて政治を語るのは、反体制勢力分子とみなされる。それは国家の秩序を乱すことであって違法行為となる。それを取り締まるために、町のいたるところに秘密家警察やその通報者が耳をすませている。職場でも、学校でも、喫茶店でも、部族の会合や家族の中にまで、通報者がいる体制だった。 独裁制と言えば、軍部が権力を握っている国を想像するかもしれないが、フセイン元大統領はバース党の情報機関の出身であり、軍人としての経歴を持っていなかった。強大な軍を抱えながらも、軍部によるクーデターを最も恐れた。政権が危機に陥っても軍隊を頼ることができない。そのため不穏の芽を日常的に摘み取るような秘密警察国家は、軍出身の大統領が権力を掌握する中東の他の国に比べて、より息苦しいものだった。 フセイン体制を支えたのが、全国に張り巡らされたバース党のネットワークだ。ただし、正式党員には簡単になれない。最初は党員以前の見習い的な地位を与えられ、バース党の記念行事などに関わって、場内設営や整理、当日の警備など参加しつつ、毎週開かれる勉強会に出席することで、数年または10年以上を経てやっと党員の地位を与えられる。 党員になったからと言って、自分の政治的な主張を語るわけにいかない。政治的な決定は、バース党の最高機関「党地域指導部」と政府の最高機関の「革命指導評議会」の合同会議で決められる。バース党員や地方幹部は、指導部で決まったことを国民に向けて宣伝し、実践する手足となる。 「教育を受けていない人間が意見をいうのはおかしい」という新聞編集長の発言は、そのような長年の政治的空気を無意識のうちに吐露している。前回のコラムで女性調査員の一人サルワさんが調査実施後の感想で、「私たちを無視して、ドアを閉めてしまう人たちもいた。それは35年間にわたって専横のもとにあったことで形づくられた」と書いたのは、同様の過去の背景を知ることによって理解される。人々は35年間、”勝手に”自分の意見を述べることはタブーだった。政府に批判的な意見を述べることがいけないのではなく、どのような意見であれ、勝手に自分の判断で政治的なことを語ること自体がいけないのだ。 イラク戦争の半年前の02年秋に実施された大統領信任国民投票で、サダム・フセイン元大統領が「100%」の信任を得たのは、前政権の性格をそのまま現している。投票で不正な操作がなかったとは言わないが、投票後の不正操作を必要としないのがフセイン体制だった。投票日までにバース党による国を挙げての「賛成・賛成・サダム」の大キャンペーンが行われた後に、敢えて「反対」を入れる選挙民が多数いたとは思えない。投票箱があっても、個別のブースがあっても、投票の秘密が守られると信じる者は、一人としていなかっただろう。投票以前の問題として、前政権の下では、人々には「自分の意見を表明する」という選択肢はなかった。 朝日新聞が最初にサマワで世論調査を行う前に、戦後に米国からもどってきてバグダッドに拠点を置いて政権の支持率などの世論調査を始めた調査機関の代表に話を聞いたことがある。その所長は、「世論調査の質問に答えることそのものが、イラクの人々にとっては民主主義の経験なのです」と強調した。サマワで実際に世論調査を実施してみて、そのことは実感できた。 質問票を持った女性が、「現政権を支持しますか」「誰が政府の指導者としてふさわしいですか」「あなたにとって最も深刻な問題は何ですか」と質問をする。わずか4年前には、そのような質問を受けることも、それに対する答えを口にすることもなかった。世論調査は、イラク戦争後に、一人一人が自分の政治的な選択を表明する選挙が行われる体制になって、初めて意味を持つようになった。 今回の調査で、イラクの現政権について「支持」か「不支持」を聞いた。マリキ政権の「支持」は68%で、「不支持」は32%だった。私は不支持の方に注目した。マリキ政権はシーア派であり、それも宗教色が強いダワ党の幹部である。68%の政権支持と言えば、日本や欧米では高率ということになろうが、中東の政権では決して高くはない。それも政権の基盤であるはずのシーア派地域のムサンナ州で、3割強が不支持と答えたのは驚くべきことだ。スンニ派やクルド人という地域に行けば、支持はぐっと減るはずだ。 ちなみにイラク戦争によるフセイン政権崩壊から1年2カ月後の04年6月にムサンナ州で実施した最初の世論調査は、米軍の占領から主権委譲を受けたアラウィ政権の発足直後だった。アラウィ氏はシーア派ながら親米世俗派で、ムサンナ州の人々にはほとんど無名だったのにもかかわらず、その時の政権支持は87%だった。当時は、イラクの民衆に「政権支持」を聞くのは無理と思ったものだ。 あれから2年以上を経て、やっと政権への不支持が3割に達した。テロが続き、一日の半分が停電という状況を考えれば、政府に対する人々の不満はもっと高いはずだ。しかし、権力への不満を表明する人々が増えていることは、かつての政治の閉塞感から考えれば、大きな進歩だと感じる。 (世論調査実施の写真は、サマワのナイフ・ファハド、ファイズ・ファハド両現地助手が撮影)
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