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中東ウォッチ

ラマダン(断食月)

2006年10月04日

編集委員・川上泰徳

 イスラム世界はいまちょうどラマダン(断食月)である。日の出から日没まで、イスラム教徒は断食をする。食事はもちろん、水も飲まず、たばこを吸うことも禁止される。

写真カイロにあるムスリム同胞団系の慈善組織が2005年のラマダン期間中に配布しているラマダン・バックの中身=川上撮影

 ラマダンは、イスラム教の開祖の預言者ムハンマドがメッカからメディナに移住した西暦622年を元年とする陰暦(ヒジュラ暦)の第9の月にあたり、毎年11日ほど早くなる。始まりは各国のイスラム機関が月を見て決定し、今年はおおむね9月23日か24日に始まった。イラクではスンニ派の開始日は23日でシーア派は24日だった。

 毎年あるラマダンの断食はイスラム教では、「信仰告白」「(日々の)礼拝」「(貧しい人々へ)喜捨」「(生涯で一度の)メッカ巡礼」と並んで「五行」と呼ばれる信者の義務の一つである。

 ラマダンはイスラムでは「聖なる月」である。この月の26日夜にムハンマドが最初に神の啓示を受けた日とされる。イスラム教の聖典「コーラン」には「コーランが下されたのは、ラマダーンの月である。この月に在宅するものは、断食しなければならない。病気の者または旅行中の者は、別の数日間に行うべきである。」(中央公論社、世界の名著シリーズ「コーラン」)と記述されている。

 毎日、日没とともにモスクからコーランを朗唱するアザーンが始まると同時に、みな一斉にイフタール(断食明けの食事)をとる。私が駐在していたエジプトのカイロでの経験でいうと、午後2時以降は、ただでさえ混雑する道路が、家に帰る車でラッシュアワー状態になる。4時ともなれば、空腹とともに日没までに家に戻らねばならないという焦りのためにみな必死な形相である。それが日没の食事と共に神への感謝に変わる。

 エジプトは世界的な観光国であり、欧米人の観光客も多いことから、普段は酒屋もあり、レストランではアルコールを出すが、ラマダンの間はエジプト人にアルコールを売ることは禁じられている。外国観光客向けのホテルなどは別として、普段はアルコールを出しているレストランでもラマダンの間だけアルコールを出さないところが多い。酒屋はアルコールを棚から全部除いて代わりに清涼飲料水が並ぶ。

 このようにいうと、いかにも禁欲的な厳しい期間のように聞こえるかもしれないが、それは日中のことで、人々は日没に普段よりもごちそうのイフタールをとり、その後は夜遅くまで親戚や友人を訪ねたり、家族で公園に行って子どもを遊ばせたり、町もにぎわっている。子どもたちは新しい服を着せられ、商店街などは電飾が施される。

 テレビでは、夜遅くまで起きている人々のために、いくつものラマダン特別の連続ドラマが放送され、一流の俳優が勢揃いする。映画も、ラマダンにあわせて新作が封切られる。断食月というといかにも宗教色ばかり強い印象があるかもしれないが、ごちそうや娯楽、人間関係という面では、お祭りの雰囲気が漂う。

 「なぜ、断食をするのか」とイスラム教徒に問うと、「断食をすることで豊かな人々も空腹感を知り、貧しい人々のつらい思いを共有するため」とか、「空腹や喉(のど)の渇きを味わうことで、死すべき人間の運命を実感し、信仰を新たにする」というような説明をうけることが多い。それは断食の効用と呼ぶべきものかもしれないが、エジプト人の知り合いのイスラム研究者は、「断食の意義や効用を語る者は、理由付けを求める合理主義者である。厳格なイスラム者は『コーランに書かれているから』という以上の理由は語らない。どのように答えるかによって、その人がイスラムをどのようにとらえているかが分かる」と語った。

 断食の意義を語るのは、外国人の異教徒である私に、断食を理解させるために、わかりやすい説明をしたのかもしれない。イスラム教ではコーランはムハンマドに啓示された神の言葉であり、その中で命じている以上、ラマダンの間の断食は、神の命令ということになる。

 イスラム教の信者の義務には信者同士の連帯を促し、同胞意識を強める仕掛けが多い。喜捨は信者同士の助け合いを目的とするし、世界中から200万人以上の信者がメッカに集まる巡礼は、イスラム世界の一体感を演出し、実感させる。ラマダンも世界中のイスラム教徒が一斉に日中の断食を行なうことから、世界的規模で宗教意識が高まるとされる。

 ラマダンの間のカイロで目を引くのは、「神のテーブル」と呼ばれる貧しい人々のためにイフタールを振る舞うテーブルだ。モスクやレストラン、ホテルなどの前にテーブルといすが並び、日没が近づくと、人々が集まって来て座る。日没の直前にイフタールの料理が並べられる。自分たちが食べているものと同じ料理を出さねばならないとされ、高級ホテルなど人気のテーブルでは、かなり前から人々が座っている。有名な女優やベリーダンサーが出す「神のテーブル」もあり、人々の話題になる。

 アラビア語の「イスラム・オン・ライン」という穏健なイスラムサイトでは、ラマダン特集を組み、世界各地のラマダンの模様を集めている。イスラム政権ができたパレスチナ自治区では、イスラエルによる封鎖と欧米や日本の経済援助の停止によって、人々は窮乏生活のなかのラマダンを送っているという。原油高騰でうるおうペルシャ湾岸では高級ホテルが競って豪華な「ラマダン天幕」を開設し、夜に集う金持ちを集めているという話題だ。

 一方で、エジプトでは社会問題省が音頭をとって、イスラム系慈善団体が結集し、貧しい家庭に対して食糧などを入れた「ラマダン・バッグ」を配っているというニュースが出ている。配布を受ける人は、700万人にのぼるそうで、「全人口の約10%」。エジプトの貧困は恒常化しているとはいえ、貧富の差は深刻だ。ラマダンを無事に平穏に乗り切ることが、政府にとっては至上命令となる。

 エジプトには「ムスリム同胞団」という政府に対抗する強力なイスラム政治組織がある。政府の腐敗や貧富の差の拡大を批判する。その系列には各地域で活動する慈善組織がある。各組織も政府と同様に、「ラマダン・バッグ」を配布する。小麦、米、食用油、紅茶などの食料を袋に詰めて、父親が死んだりして働き手がいない貧しい家族に配る。米国が唱える中東民主化策の追い風を受けて、同胞団は2005年末の議会選挙で改選前の15議席から88議席に大躍進したが、民衆の支持集めで、そのような草の根的な慈善組織のネットワークの働きは大きい。同胞団のようなイスラム系組織にとってラマダンは、「助け合い」というイスラム意識を民衆に訴えて、支持を広げるチャンスでもある。

 ムスリム同胞団は選挙に参加することで政治変革、社会変革を進めようとする穏健派だが、アルカイダなどのイスラム過激派にとっては「ジハード(聖戦)」を激化させる時期である。ラマダンの初日にイラクのバグダッドでは、イスラム教シーア派地区で爆弾テロがあり40人近くが死んだ。イラクではスンニ派とシーア派の抗争が激化しており、スンニ派の過激派組織が犯行声明を出した。

 イラクのヌーリ・マリキ首相はラマダンに入ってから、「イスラムの同胞意識を回復し、強化しよう」と、宗教・宗派抗争に「ラマダン停戦」を呼びかけている。しかし、自爆テロやスンニ派とシーア派間の殺し合い、米軍への攻撃も激しさを増している。米政府は9月下旬に「イスラム世界への米国の干渉に対する深い恨みを生み、地球規模のイスラム過激派運動への支持を拡大させた」とする機密報告書の結論部分を公開した。

 イスラムは様々な顔を持つ。信者の間の連帯や同胞意識を促す顔、社会の平和や公正をつかさどる顔、社会の不正や不正義をただす世直しの顔、外敵へのジハード(聖戦)を呼びかける顔……。ラマダンは世界のイスラム教徒が断食を通して、イスラムの教えと向かい合う時であり、イスラム世界が内側で抱える問題や欧米などの外部の世界との関係が、よりくっきりと見えてくる。


プロフィール

川上 泰徳(かわかみ・やすのり)
 朝日新聞編集委員。長崎県生まれ。大阪外語大アラビア語卒。高知、横浜両支局、学芸部、外報部を経て、94年から98年まで中東アフリカ総局(カイロ)に駐在。2001年春から02年秋までエルサレム支局長、その後、カイロに移り、中東アフリカ総局長。03年秋からバグダッド支局長を兼務。今年4月から現職。著書に『イラク零年』(朝日新聞社)。パレスチナ報道で、02年度ボーン・上田記念国際記者賞。

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