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中東ウォッチ

パレスチナの葛藤

2007年01月24日

編集委員 川上泰徳

 米国のライス国務長官が1月中旬に中東を歴訪し、イスラエルのオルメルト首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長との三者会談を近く開くことで合意した。1カ月以内という予測もあるが、明確な日程はあきらかになっていない。

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 パレスチナ自治政府はパレスチナ解放機構(PLO)主流派のファタハを率いるアッバス議長と、1年前の自治評議会選挙で勝利したイスラム過激派組織ハマスがつくる自治政府との対立が続いている。いま米国が、イスラエル・パレスチナの首脳会談を設定するとすれば、和平路線をとるアッバス議長に具体的に「和平の果実」を与え、パレスチナでの議長のリーダーシップを強めなければ意味がない。

 和平の果実とは、ヨルダン川西岸でのイスラエル軍の検問所撤去や、政治犯の釈放、パレスチナ人労働者の受け入れの増加、さらにイスラエルが抑えているパレスチナ分の関税の引き渡し――などだ。すべてイスラエルの譲歩にかかわっている。

 いま米国が中東和平に積極姿勢を見せるのは、イラク情勢の立て直しをめざす新政策に、アラブ諸国を含む国際的な支持をあつめるためだ。ところが、イスラエル国内で支持率が下がっているオルメルト首相では、アッバス議長の要求を入れて、パレスチナ側に妥協することは難しい。三者会談は行われても、パレスチナの情勢に実質的な変化がなければ、アッバス議長はさらに影響力を失うことになるだろう。

 昨年1月の選挙では、和平に対するパレスチナ人の絶望感が、アッバス議長が率いるファタハではなく、和平に否定的なハマスを政権に押し上げた。それに対して、イスラエルはパレスチナを封鎖し、軍事的な圧力をかけている。米欧もハマス政権を拒否し、自治政府への援助を停止している。経済や行政機能の破綻、高い失業率、電気など住民サービスの停滞など、パレスチナ民衆の生活の危機状態は続いている。

 イスラエルも米欧も、そして日本も、自治政府に圧力をかけることで、パレスチナ民衆のハマス離れを求めているようだが、住民のハマス離れは起きていない。イソップ童話の「北風と太陽」の話で、風が強くなればなるほど、旅人が外套にしがみつくように、外圧で危機が深まれば深まるほど、人々はハマス支持を抵抗のよりどころとするのだろう。

 イスラエルによる軍事的、政治的、経済的な圧力のもとにあるパレスチナ人の救いのない思いは、外からはなかなかうかがい知れない。最近、東京で試写会があったフランス、ドイツ、オランダ、パレスチナの合作映画「パラダイス・ナウ」(ハニ・アブアサド監督)という自爆テロをテーマにした映画は、そんなパレスチナ人の心理に迫ろうとしている。

 映画の舞台は、ヨルダン川西岸北部にある都市ナブルス。所属する過激派組織によって「殉教作戦(自爆攻撃)」の実行者に選ばれる2人の青年サイードとハーレドが主人公だ。2人の任務はイスラエル最大の都市テルアビブで腹部に巻き付けた爆弾を爆発させ、市民を巻き添えにするテロ攻撃である。2人は金網を超えてイスラエル側に入ろうとして、イスラエル軍の車両に発見され、失敗する。

 サイードは組織のメンバーとはぐれ、ハーレドを探し回る。サイードの父親は、イスラエルの情報機関の協力者だったため、パレスチナ人に殺された。組織はサイードが裏切ったと疑い、アジトを放棄して逃げる。ハーレドはサイードの疑いを晴らして再び作戦を実行するためにサイードを探す。

 ハーレド、サイードは幼なじみで、共に自動車修理工場で働いていた。サイードは、そこに客としてきたフランス帰りの若いパレスチナ女性スーハにひかれる。スーハは対イスラエル抵抗運動で死に、人々に英雄と尊敬されている活動家の娘だが、殉教作戦には反対している。

 スーハは2人が殉教作戦をしようとしていることを知り、激怒する。ハーレドとの間で、こんなやりとりがある。

スーハ「そんな方法で私たちは勝利できるの? 残された者はどうなるの? あなたがしていることが私たちを破壊するのよ。あなたたちはイスラエルに攻撃の理由を与えるの

 ハーレド「攻撃の理由がなくなれば、イスラエルは攻撃を止めるのか?」

スーハ「止めるかもしれない。私たちはモラルの戦いにしなければならないのよ」

ハーレド「もし、イスラエルにモラルがなかったら、どうする」

 翌日、2人はテルアビブに到着する。ハーレドは自爆作戦を断念し、サイードは決行する。2人の間で、このような会話が交わされる。

ハーレド 「スーハは正しい。こんな方法では我々は勝利できない。俺たちは殺し、そして俺たちも殺される。そして何も変わらない」

サイード 「俺たちの死は何も変えないかもしれない。しかし、抵抗の継続が、何かを変えるのだ。俺たちには他に選択肢はない」

ハーレド 「もし何も変わらなかったらどうする? 解放と抵抗には他の手段があるはずだ」

 この映画は、米国で2006年のゴールデングローブ賞最優秀外国語作品賞を受賞し、アカデミー賞の外国語映画部門にノミネートされた。今年話題になっている「硫黄島からの手紙」と同じである。それだけ米国で話題となり、高い評価を受けたことを示す。アカデミー賞の授賞式の前には、自爆テロによるイスラエル人犠牲者の遺族が「自爆テロを正当化しており、危険なプロパガンダだ」としてこの作品をノミネートからはずすよう求める署名運動が起きたという。

 この作品が、自爆テロを正当化しているとは言えない。もし、殉教作戦を正当化するプロパガンダの映画であれば、イスラエル軍の占領や封鎖によって、パレスチナ人がどんなにひどい目にあっているかという占領の実態が強調されるはずだが、この映画には、不思議とも思えるほどに、そのような描写がない。占領を告発するという意味では、非常に抑制したつくりになっている。占領下の状況を舞台としながらも、自爆へと追い詰められるパレスチナ人の葛藤や苦悩を描こうとする監督の意図は明らかだ。

 この映画は、占領下にあるパレスチナという舞台を超え、さらに自爆テロという題材をも超えて、困難な現実と葛藤する普遍的な人間のドラマになっている。パレスチナで、それも自爆テロを実行しようとする人間たちをめぐる物語が、パレスチナとは関係ない地域や問題を抱える人間にも、理解可能な映画になり、より深いところで「人間のあり方」を問う作品に仕上がっている。だからこそ、ユダヤ人社会がつよい影響力を持つ米国でも、映画として高く評価された理由であろう。

 この映画をパレスチナ人の自爆という、本来の題材に則して考えみることもできる。私は2001年4月から1年半、エルサレムに駐在していた。この10年ほどで最も状況が悪い時で、パレスチナ人の自爆テロと、イスラエルの軍事的な報復の悪循環によって、和平が破綻するのを目の当たりにした。パレスチナの自爆テロについては、映画の中でスーハがいう「イスラエルに破壊の口実を与えている」という言葉に共感する。

 国連安保理決議は、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で軍事占領したヨルダン川西岸とガザ、さらに東エルサレムから撤退することを求めている。西岸やガザでのパレスチナ人のイスラエル軍に対する抵抗運動については、欧米でも正当な権利を求めての闘争として受け止める傾向が強い。87年に始まった第1次インティファーダでは、イスラエルは国際的な非難を受けて、政治的に打撃を受けた。

 2000年秋に始まる第2次インティファーダでは、女性や子どもまで無差別に殺戮するパレスチナ過激派の自爆テロが続いた。イスラエル軍によるパレスチナ地域への大規模な侵攻や住宅地への攻撃は国際的に批判されたが、パレスチナ側の自爆テロも批判の対象だった。パレスチナ側は、第1次インティファーダの時にイスラエルに対して得ていた「モラルの優位」を、そして「国際的な支援」を大きく失った。その結果は、スーハがいうように、「イスラエルによるパレスチナの破壊」として跳ね返ってきた。

 「パラダイス・ナウ」は自爆テロを巡るパレスチナ人の葛藤を描いている。「自爆しかない」のか、「他に手段がある」のか、という葛藤である。パレスチナ人の中に、そのような葛藤があるということを、イスラエルも世界も知らねばならないだろう。そのうえで国際社会は、自爆テロを拒否して、「他の手段がある」と考えるパレスチナ人の声を受け止め、支えることができるかどうかだ。

 「パラダイス・ナウ」の試写を見た後、2003年3月にNHK衛星第1で放映されたイスラエルのドキュメンタリー映画 「テロリストと私」の録画を見た。

 28年前にパレスチナのテロリストに襲われ、負傷したイスラエル人女性ユーリーさんが、なお刑務所で服役しているパレスチナ人と連絡をとり、犯人の仮釈放を求める署名に参加するまでの過程を記録している。

 彼女は、「敵を憎悪し、戦い続けるだけでいいのか。別の方法はないのか」と問う。「許しから生まれる和解を信じて」犯人を許そうとする。しかし、同じテロで娘を失った母親からは、「テロリストを助ける行為だ」と批判される。彼女は服役囚の刑務所を訪れ、面会するなどして、どのような背景でテロリストになったのかを理解しようとする。

 ところが、2001年9月の米同時多発テロで、ユーリーさんは「恐怖で押しつぶされそうだ」と感じ、絶望的な気持ちになり、服役囚を助ける活動をやめようとさえ思う。「恐怖が憎悪に変わる」と実感する。

 彼女はイスラエルで占領反対を訴え続ける新聞記者のギデオン・レビ氏に会う。レビ氏は「イスラエルは67年の占領以来、35年間、パレスチナ人に対して残虐な行為を繰り返してきた。イスラエル人は自分たちが被害者だと思いたがる。しかし、この50年間、犠牲になってきたのは我々ではなく、パレスチナ人だ。確かに第2次世界大戦で我々は最大の被害者だった。しかし、それはパレスチナ人とは何も関係ないことだ」と語る。

 ユーリーさんは、その後、「恐怖を克服し、互いに理解するために」自分が動かねばならないという思いから、服役囚の弁護士の求めに応じて、服役囚の仮釈放を訴える請願に署名する。

 9・11事件の時、私はエルサレムに駐在していた。事件の後、当時のシャロン前首相の下で、次々とヨルダン川西岸のパレスチナ自治区に軍事侵攻し、1993年にイスラエルとパレスチナが結んだパレスチナ自治合意(オスロ合意)は破綻した。その時にイスラエルの世論はシャロン氏の軍事強硬路線を圧倒的に支持した。イスラエル人はなぜ、故ラビン首相がせっかく決断した和平協定を放棄し、パレスチナ人の憎悪と絶望感を生み出すだけの強硬策を支持するのかと考えた。それはユーリーさんがドキュメンタリーで語った「恐怖に押しつぶされそうな気持ち」だったのだ。

 パレスチナとイスラエルの2つの映画で「殺し合いではない別の手段」を求める声がでてくる。仲間と結束して敵に対する闘いを続けることのほうが、人間は安定する。その闘いには、終わりがない。悲劇を終わらせるためには、「殺し合いとは別の手段」を求めて、和解の道を探るしかない、ことは誰もが知っている。しかし、誰かが敵との和解に踏み出せば、仲間を敵に回すことになる。結束を乱す裏切り者にもなる。そのような葛藤が、イスラエル側にも、パレスチナ側にもある。

 双方の政治家や政治指導者は、民衆の不安や恐怖をあおり、社会や国家を、救いのない闘いへと駆り立てる。国際社会に求められているのは、双方に対して「攻撃ではない他の手段」を求める人々を、具体的に支えることである。特にパレスチナに対しては、危機状態にある民衆に対する支援を効果的に実施することが、過激派の影響力を弱めることにもつながるはずだ。

※「パラダイス・ナウ」は、3月10日より、東京都写真美術館とアップリンクにて公開。


プロフィール

川上 泰徳(かわかみ・やすのり)
 朝日新聞編集委員。長崎県生まれ。大阪外語大アラビア語卒。高知、横浜両支局、学芸部、外報部を経て、94年から98年まで中東アフリカ総局(カイロ)に駐在。2001年春から02年秋までエルサレム支局長、その後、カイロに移り、中東アフリカ総局長。03年秋からバグダッド支局長を兼務。今年4月から現職。著書に『イラク零年』(朝日新聞社)。パレスチナ報道で、02年度ボーン・上田記念国際記者賞。

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