イラク混乱の行方2007年02月06日 編集委員 川上泰徳 イラクで大規模な爆弾テロが続き、米軍のヘリコプターが2週間ほどで4機が撃墜されるなど、状況がさらに悪化の様相を見せている。ブッシュ大統領が1月に発表した2万人強の兵員増派を含むイラク新戦略の前途が危ぶまれる。 ブッシュ大統領の新戦略は、バグダッドへの1万7500人、スンニ派武装勢力が強い首都西方のアンバル州に4000人の増派が中心だった。その狙いは1月23日の一般教書演説で述べられたが、目新しい点は、国際的イスラム過激派組織アルカイダとともに、「イランに支援されるシーア派過激派」を、対テロ戦争の二つの敵と明言したことだ。 さらに2月2日に発表された米情報機関の総合的な報告「国家情報評価(NIE)」でも、イラクの混乱を生んでいる「最も悪名高き過激派」として、「スンニ派の聖戦組織アルカイダ」と「シーア派の反主流派のマフディ軍」と列挙している。これは、新戦略や一般教書演説と符合する。もちろん、ブッシュ大統領は新戦略の策定や一般教書演説を行う前に、情報機関との密接な連絡をとったはずだ。 ブッシュ政権のイラク政策を理解するために、今回のNIEの分析が役に立つ。 NIEはイラクの現状について、「『内戦』という言葉は、シーア派同士の暴力、アルカイダやスンニ派武装勢力による米軍・多国籍軍への攻撃、犯罪が絡む暴力の蔓延などを含む紛争の複雑さを十分に説明しきれない」としながらも、「宗派・民族のアイディティの強まり、暴力の性格の大きな変貌、宗派・民族ごとの力の結集や住民の排除や避難など、紛争の主要な要素は、『内戦』という言葉で正確に言い表される」としている。 つまり、イラクの情勢は複雑な要素が絡んでいるので内戦と言い切るのは適当ではないが、シーア派とスンニ派の抗争だけを見れば、内戦の要素は明確に存在しているという判断だ。それを踏まえて、イラクの安定のためには、米軍や多国籍軍が軍事的に活動することが不可欠であるとする。もし、今後1年から1年半の間に米軍・多国籍軍が性急に撤退することになれば、「イラクの民族・宗派間の抗争は、規模も拡大し、地域的にも広がる」としている。 その結果について、報告書は次のように予測する。 「米軍・多国籍軍の性急な撤退が起これば、イラクの治安部隊は、宗派・民族に偏らない部隊ではありえず、周辺諸国が、イラク側諸勢力の求めに応じてであれ、一方的であれ、紛争に介入してくることになろう」 さらに、イラクの紛争の広域化は次のような事態につながると判断する。 ▽膨大な数の市民が死傷し、または避難民となる可能性がある。 ▽アルカイダがイラクの一部、多分、アンバル州に拠点を築き、内外への攻撃を強める。 ▽状況悪化と政治の混乱で、北部のクルド人がキルクークを支配するなど自治を強める。 ▽イラク北部でのクルドの動きは、トルコを刺激し、その軍事侵攻を招く。 ▽イランがイラクのシーア派武装組織を支援し、シリアはスンニ派を過激派の支援を止めない。 ▽イラクでのイランの存在が強まることが、周辺のスンニ派アラブ諸国の間に地域の不安定化や騒動の発生の恐れを高める。 悲観的な判断であるが、いずれもありそうなことであり、逆に米国がイラクではまりこんでいる問題の深刻さを明らかにしているともいえる。 このような前提にたつかぎり、昨年末にベーカー元国務長官を中心として超党派の研究グループが勧告したような2008年春までの主要な戦闘部隊の撤退を実現することはできないという結論になる。逆に、米軍を増派して、バグダッドとアンバルに集中させることによって、バグダッドでアルカイダと並んで内戦の元凶となっているマフディ軍を抑え、アンバルではアルカイダへの掃討作戦を強めて、アルカイダに同州が乗っ取られるのを防ぐという“戦略”が出てくる。 ブッシュ政権の戦略の目的は、現在のイラク政府を構成する主流グループであるシーア派のイスラム革命最高評議会(SCIRI)、▽スンニ派のイラク合意戦線やイラク・イスラム党、▽クルド愛国戦線(PKK)とクルド民主党でつくるクルド同盟――の3つの勢力を中心として、米国の影響力の下で安定政権を形成することであろう。 SCIRIは旧フセイン政権時代にイランに亡命していたハキーム師がイランの支援を得て創設した。イランとの関係は強いが、イラク戦争後に米軍の占領下で組織された統治評議会に参加したことで、米国との協力関係を保ちつつ、一方でシーア派民衆から絶大な信頼を得ているシーア派最高権威のシスターニ師に忠誠を誓う姿勢を示すことで、シーア派の主流を抑えることに成功した。中南部では、州知事やイラク警察の幹部の多くがSCIRIであり、警官も参加の民兵組織バドル軍出身者が多く、すでに中南部の権力を抑えている。 一方のマフディ軍を率いるサドル師は、ハキーム師と同様にシーア派の聖地で学問の中心であるナジャフで代々、宗教指導者を輩出してきた名門の出身であるが、自身はイラク戦争後に反米指導者として現れ、大規模な反米攻撃を繰り返してきた。やっと05年年末の総選挙で選挙に参加して、シーア派主導政権の一角に食い込んだ。 NIE報告が「シーア派内部の抗争」としているのは、SCIRIとサドル師派の対立である。軍事的にはバドル軍とマフディ軍の抗争を指す。戦後にイランから戻ってきて権力をにぎるSCIRIが民衆に恐れられ、嫌われているのに対して、戦後、民衆の間から出てきたマフディ軍は民衆の支持と人気を得ている。特に昨年にシーア派とスンニ派の抗争が激化し、スンニ派による自爆テロなどに警察が無力をさらけ出すなかで、マフディ軍は各地で自衛団をつくり、シーア派住民の防衛に動いたことで、さらに民衆の支持を集めた。それだけに、スンニ派民衆からは、恐れられ、憎まれている存在である。 米軍は1月中旬以降、ブッシュ政権の新戦略に沿って、マフディ軍への圧力を強め、600人の幹部やメンバーを拘束した。米軍がマフディ軍を抑えることは、スンニ派住民を守ることになる。反米勢力の批判を受けながらも、イラク政府に参加しているイラク合意戦線、イスラム党らの穏健派政治勢力を側面から支援することになる。 一方で、米軍の増派地域となったアンバル州は、イラク合意戦線のドレイミ代表らが属するドレイミ族が優勢で、イラク人が中心で民族主義的な非アルカイダ系と、外国からのイスラム戦士が参加するイスラム過激派のアルカイダ系の間には対立がある。米軍は地元のイラク人が中心の非アルカイダ系組織には、「武装闘争を止めて、政治参加を」と呼びかけている。実際に非アルカイダ系反米武装組織は、イラク・イスラム党やイラク合意戦線など政治組織の支持基盤とも重なっている。米軍が増派して、アルカイダの掃討作戦を行うのは、非アルカイダ系組織を助けて、同州がアルカイダに乗っ取られないようにすることを狙ったものだ。 ブッシュ大統領の新戦略とNIEで示された現状判断に立つ限り、バグダッドでマフディ軍を抑え、アンバル州でアルカイダを封じ込めるための兵力を送るという増派は合理的だ。しかし、新戦略を実施し始めて、バグダッドのシーア派地区で130人以上の死者が出る自爆テロが起こったり、米軍ヘリの撃墜が続いたりなど、イラク情勢が急激に悪化しはじめたことで、新戦略の2つの矛盾が見えてくる。 第1は、米軍は拠点を持ち、民兵として行動しているマフディ軍に対しては拘束などの軍事作戦をとることができるが、地下に潜ったテロ組織のアルカイダの掃討や、テロを抑えることには無力である。逆にシーア派住民を守っているマフディ軍を抑えにかかることで、大規模なテロを誘発し、シーア派住民の反発を受けてしまう。 第2は、米軍が軍事作戦を実施すれば、スンニ派地域の武装勢力の中で、アルカイダ系も非アルカイダ系もなく反米で共闘する。米軍の武装ヘリを撃墜するような攻撃が続くのは、反米武装勢力が地域の住民の協力を得て、組織的な攻撃をしていることを示す。 米軍はスンニ派地域の住民から嫌悪されているのは、爆撃機による空爆が無実の住民を死傷させたり、荒っぽい掃討作戦が周辺住民を巻き込んだりするためだ。米軍が乗り出すかぎり、「アンバル州でアルカイダだけを掃討する」という都合のよい戦略は成り立たないことになる。 イラクの混乱を抑えるためには、 (1)宗派抗争の激化によって民衆への影響力を強めるマフディ軍 (2)聖戦のためには「民衆の犠牲は正当化される」という論理のアルカイダ ――の両方を封じ込めなければならない。その点では、ブッシュ政権の認識は間違っていないが、米軍のイラク派兵と対テロ戦争自体が上記のような問題を抱え込んでいる以上、2万人程度増派しても、状況の改善につながらす、逆効果になる可能性がつよい。泥沼化が心配されるゆえんである。 別の方法があるとすれば、超党派の研究グループが勧告したような、イラン、シリアなど周辺諸国への働きかけを含む外交的な努力であろう。しかし、ブッシュ大統領は一般教書演説でも、「イランがシーア派過激派を支援し、中東地域への支配強化を狙っている」と非難するばかりで、イランやシリアとの協力には否定的な姿勢を見せている。 イランがマフディ軍に影響力を持っていることは明らかで、さらにシリアはアルカイダ系組織、さらに旧バース党系組織にも影響力をもっている。国際社会では、米国はイラン、シリアの封じ込め策をとっているが、イラク問題に関して、イラン、シリアの協力を得られなければ、米国は逆にイラクの混乱の泥沼に封じ込められかねない状況だ。 91年の湾岸戦争の時のことを思い起こすならば、父親のブッシュ大統領とべーカー国務長官のコンビは、戦後すぐに中東和平への取り組みに力をいれ、軍事と政治、外交の間で粘り強く硬軟を使い分ける戦略をとった。それですべてがうまくいったわけではないし、イラク制裁でも中東和平でも問題は残った。しかし、少なくとも戦争による混乱は徐々に収拾され、90年代半ばから数年間は中東も一息つくことができた。それに比べて、現ブッシュ政権は、任期も6年を過ぎてなお、自ら延々と戦争状態を引き延ばすような硬直した政策を続けている。 プロフィール
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