パレスチナの統一政権への動き2007年02月28日 編集委員 川上泰徳 パレスチナでイスラム過激派ハマスと、パレスチナ解放機構(PLO)主流派のファタハが、統一政権づくりに向けて動き始めた。ハマスが昨年1月末の自治評議会選挙で過半数の議席を取り、ハマス主導のハニヤ政権が成立して以来、ファタハとハマスの間で、繰り返し武力抗争が起こった。内戦への危惧が高まっていた。 2月8日にサウジアラビアのイスラムの聖地メッカで、アブドラ国王の仲介によって、故アラファト議長を引き継いだファタハのアッバス自治政府議長と、ハニヤ首相とダマスカスから来たハマスの政治局長メシャール氏が協議し、統一政権づくりに合意した。「メッカ合意」を受けて、2月15日にハニヤ政権が総辞職し、アッバス議長は改めてハニヤ氏を統一政権の首相に指名し、5週間以内の組閣を要請した。 ハマス政権の成立以来、米国、ロシア、国連、欧州連合(EU)による中東和平のための4者協議は、(1)イスラエルの存在承認(2)暴力放棄(3)過去の和平合意順守――の3点を同政権を承認する条件としてきた。ハマスはそれを拒否したため、自治政府への支援は停止され、自治政府職員への給料の支払いは滞り、病院など公共施設の業務に大きな支障がでるなど、自治区の生活は危機的状態に陥っている。 今回、サウジの仲介はパレスチナの内戦回避のための「最後のチャンス」として注目を集めた。サウジはパレスチナが内戦に向かえば、ハマス支援を掲げるイランの影響力が強まることを危惧して仲介に乗り出したと一般的には分析されている。 サウジの強みは(1)米国との強いパイプ(2)アラブ・イスラム世界への影響力(3)豊富な資金力――である。サウジが仲介に乗り出すことが重みを持つのは、この3つの要素が働くからである。つまり、仲介はパレスチナの混乱に対するアラブ・イスラム世界の強い危機感を受けたもので、米政府との調整と合意のもとで行われ、さらに合意が成立すれば、サウジの資金がパレスチナに入るということだ。 メッカ協議では、イスラエルの承認など米欧が求めている3条件が焦点となるような予測だったが、合意は3条件を認めたものではなかった。合意後に4者協議の外相級会合がベルリンで開かれ、アブドラ国王の仲介を評価しつつも、今後成立するパレスチナ統一政権に3条件を受け入れるよう求める声明をだした。メッカ合意と4者協議の声明の間に温度差があるように見えるが、4者協議の声明は、これまでと同じことを繰り返しているだけで、現実はすでにメッカ合意で進んでいる。 自治政府系(つまりハマス系の)パレスチナ情報センター(PIC)が出しているメッカ協議に際してのハニヤ首相やメシャール政治局長の発言などを見ても、協議のなかでハマスのイスラエル承認などが問題になった様子はない。協議の開始にあたってメシャール氏は、「我々の敵は一つであり、我々の課題も一つである。我々の戦いは占領に対する戦い以外にはない」と締めくくった。 メシャール氏は「(イスラエルの)占領に対する戦い」を強調することで、アルカイダが唱える「対米聖戦」とは異なるという意味で、戦いの正当性を訴えたものだ。パレスチナで占領と言えば、イスラム世界が異教徒であるユダヤ人に占領されているだけでなく、エルサレムというイスラムの聖地が占領されているという意味を持つ。協議が聖地メッカで行われ、「聖地の守護者」を正式の称号とするアブドラ国王の調停の下で行われたことを考えれば、「イスラエルの承認」や「闘争停止」が発表されるはずがないことは初めから予測できたことだ。 メッカ協議の重要性は、合意されたパレスチナの統一政権づくりにサウジが後見人のような立場になることである。統一政権が生まれれば、サウジの資金援助がパレスチナに入り、混乱の収拾を助けるということになる。メッカ合意が発表されて3日後には、サウジのパレスチナ救済委員会が国連人間居住計画(UN―HABITAT)との間で、パレスチナ自治区ヘブロンでの「貧困女性のための住宅建設と収入創設」事業に3年間で630万ドルを拠出するプログラムの覚書に調印した。 国連人間居住計画のインターネットサイトによると、調印式には在サウジのパレスチナ大使も招かれた。「国連人間居住計画の代表は、パレスチナの統一政権づくりを支援するサウジ国王の主導権を称賛し、このようなさい先のよい進展の後で、覚書が調印されたことを喜んだ」とある。さらに、サウジは別の国連機関との間でパレスチナ支援のためのいくつかの事業に合意したという。 米政府はハマスをテロ組織として認定し、資産凍結の対象とし、資金援助などを禁止している。ハマスは組織としては、表に出ている政治部門と秘密組織の武装部門に分かれている。さらに政治部門としてのハマスの周辺には、病院や学校、孤児施設など様々な教育、慈善組織など幅広い組織のネットワークを持つ。ハマスへの資金はサウジを含む湾岸産油国のイスラム慈善団体などから「パレスチナ救援」として送られてきた。 しかし、ハマスに入る資金のうち、どれだけが武装部門に流れているかは明らかでない。米国側は「パレスチナ支援=テロ支援」として目を光らせ、大規模にパレスチナ支援を行っているイスラム系団体を「テロ支援団体」指定し、資産凍結の処置をとるなど既成を加えてきた。さらにハマスが政権を抑えてからは、自治政府への支援にも圧力がかかった。 イランが対米強硬路線を強調して、中東・イスラム世界での影響力を強めているのは事実で、そのことはイランを敵視する米国にとっては重大事だが、イランはイスラム教のシーア派の国であり、言葉もペルシャ語であって、スンニ派のアラブ諸国の政権がぐらつくわけではない。 イランの影響力と言えば、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラを思い浮かべるだろう。ハマスがイランから支援を受け、さらにヒズボラとハマスの間でも協力関係があることはこれまでも言われてきたことだ。しかし、ハマスがヒズボラのようにイランの指導下に入るということはあり得ない。その意味では、パレスチナの状況悪化とイランの影響力の伸長は単純につながる話ではない。 パレスチナの人道的な危機が進むことに、アラブ・イスラム世界の民衆の怒りは強まっている。パレスチナの悲劇とともに、一方では、米国による戦争の結果、内戦に向かっているイラクの悲劇がある。同胞の悲劇に対して、アラブの為政者が全く無力であることは、アラブ・イスラム世界での反米意識の高まりと共に、政権に対する不満にもつながる。 米国はこの状況の下で、イランの核開発問題を巡ってイランへの圧力を強めようとしている。対イラン制裁となれば、アラブ諸国、特にイランとの関係が強い湾岸諸国の協力が鍵となる。しかし、パレスチナもイラクも状況を放置したまま、さらに対イラン制裁への協力を求められても、とても応えられないというのがアラブ諸国の本音だろう。湾岸の盟主であるサウジとしてもパレスチナの混乱収拾に動き、パレスチナの支援役として動かなければ、国内外の反米世論、特にイスラム勢力からの怒りを抑えられなくなるという危機感が強まったものだろう。 PICに出た「ハマス政府一年」と出した記事の中に、「国際社会は最初、選挙を実施するように求めながら、米欧の予想と合わない結果が出ると、制裁を課した。多くのパレスチナ人は国際社会にだまされ、裏切られたと感じている」と書いている。アッバス議長はこれまで「ハマスが統一政権で合意しなければ早期選挙を実施する」と言ってきたが、選挙を実施しても、ファタハが勝利する可能性は低い。 制裁の下で、自治政府の職員の給料は半年以上の支払われていないが、パレスチナ警察を含む職員の多くは、アラファト議長時代に雇われたファタハの支持者だ。給料未払いの自治政府職員がストを起こしても、ハニヤ首相は「制裁で資金が来ない」と言えばすむ。アッバス議長はハマス政権にファタハ支持者の命運を握られているのだ。議長はメッカ協議でも全く影が薄かった。イスラエルの軍事攻勢が続く中、議長がハマスに対してだけ「暴力放棄」「和平合意の遵守」を要求しても、パレスチナ民衆の支持を得られるはずがない。 メッカ合意に基づく統一政権ができても、イスラエルとの間での何らかの和平協議の進展がないかぎり、イスラエルの承認に動く可能性は当面なくなった。イスラエルのオルメルト首相は「条件をのまなければ、統一政権を認めない」と牽制し、さらに4者協議の声明でも条件受け入れを求めている。しかし、統一政権作りにサウジ国王が本格的な調停に乗り出した時点で、イスラエル承認なしの統一政権樹立と、サウジからの統一政権への支援再開、それによってパレスチナの混乱を収拾していくことが、米国も認めざるをえない方向になったということだろう。 メッカ合意やパレスチナの統一政権づくりから見えてくるのは、米国の強硬姿勢の下で、欧州、日本も含めてハマスに一方的に条件を課して、認めなければ交渉しないとした強硬姿勢が、破綻したということだ。 民主的な選挙によって選ばれた勢力が、民衆の代表として政治的な正統性を持つことは自明。ハマスがパレスチナ民衆の代表として人々の生活に深く関わる自治政府の行政の責任を持つ政治勢力となった立場は、尊重されなければならなかった。米欧は、ハマス政権を頭ごなしに拒否するのではなく、その政治理念は別として、民衆の生活を預かる具体的な業務への支援について協議をしなければならなかった。それがパレスチナの民意を尊重することであり、民主主義を尊重することだったはずだ。 米欧や日本がハマス政権を門前払いの形で拒否したことで、パレスチナの状況は悪化した。パレスチナの中に米欧への不信感が高まっただけで、何ら和平の環境醸成にもなっていない。最後は、サウジ国王によるイスラム聖地での協議が、事態収拾の鍵として国際的な注目を集めるというのでは、米欧の責任放棄というに等しいだろう。 プロフィール
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