2008年3月27日
米国は、女性を国のリーダーに迎えることができるのか――。究極の「ガラスの天井」を破ろうと、米大統領選の民主党指名候補の座を追い求めるヒラリー・クリントン上院議員(60)が、そんな問いを米国民に突きつけている。活躍や昇進を阻む「見えない性差別」に直面する米国の女性たちは、元ファーストレディーの挑戦に自らの人生を重ね合わせている。
■できる女=嫌な女?
「bitch(ビッチ)」
「イヤな女」といったニュアンスで使われる俗語が最近、クリントン上院議員を語る際のキーワードのひとつになった。
「最近、みんなヒラリーをビッチって言う。まあ確かに彼女はそうだけど(笑い)、だったら私もそう。要するに、ビッチはできる女ってこと」
人気コメディー番組、サタデーナイトライブで2月下旬、女性コメディアンが、あえて過激な言葉を使って、クリントン氏の置かれている立場を浮き彫りにした。
優秀な女性はみんな「イヤな女」ということか――。このコントをうなずきながら見た全米の女性有権者は多かった。
3月8日の「国際女性デー」に、ニューヨークで行われたクリントン支持者の集会で、黒人女性のソーニャ・ベアードさん(34)は「もし黒人のオバマ氏に差別用語を使ったら、その人は終わりでしょう。でも、ヒラリーに女性を侮蔑(ぶべつ)する言葉を使っても、誰も騒がない」と首をかしげた。
米メディアの大統領選報道でも、クリントン氏に対し、女性に対するステレオタイプの「決まり文句」が使われることは少なくない。
声は「きゃんきゃんと甲高く」「黒板をつめでこすったような音」。性格は「ジェットコースターのように不安定」で「口やかましい妻を思い出させる」……。
「ヒラリーが攻撃されていると、すべての女性が攻撃されているように感じる」とベアードさんは話す。メディアの扱いは公平と言えるのか。そんな思いが、女性たちの間に芽生えている。
■「タフで優しい」要望相反
では、クリントン氏がいま、指名候補レースで苦戦しているのは、「女性だから」なのか。
「別の女性でも同じ目にあったはず」と話すのは、全米最大の女性運動グループ「全米女性機構(NOW)」のキム・ガンディー会長だ。
「タフで強い」「女性らしく優しい」。指導者になろうとする女性は、この相反した資質を求められるという。「冷静なら『ロボットのよう』、涙を見せれば『感情的』。男性なら『やり手』と評価されることが、『攻撃的』と言われる」
それを端的に示したのが、1月のニューハンプシャー州予備選の直前にクリントン氏が見せた「涙」だった。わずかに目が潤んだことがニュースとなり、「鋼鉄の覆いにヒビ」(ワシントン・ポスト紙)など、集中豪雨のように報道された。
その一方で、クリントン氏の不人気は「女性差別」とは関係がない、と考える女性たちもいる。
「女性にとってヒラリーは、決していい前例ではない。オバマは人種を超えようとしているが、彼女は性別を失敗の言い訳にしている」。ニューヨーク・タイムズ紙の女性コラムニストが2月に書いた記事は大きな反響を呼んだ。
クリントン氏の政策や資質への批判は、男女問わず存在する。当初、イラク開戦に賛同したことや、夫のビル・クリントン前大統領の影響を不支持の理由とする人は多い。クリントン氏に投票しないと答えた有権者に対するギャロップ社の調査では、「彼女自身、または考えが嫌い」という回答が4割を超えた半面、「大統領は男性であるべきだから」は8%だった。
■クリントン氏に対する性差別コメント■
◆「あのビッチをどう打ち負かしますか」「それはいい質問です」(“How do we beat the bitch?”“That’s an excellent question.”)=マケイン氏の支持者と同氏のやりとり
◆「女性がだんだん老化していくのを、米国人は毎日見たいと思うだろうか」(“Will Americans want to watch a woman get older before their eyes on a daily basis?”
)=ラジオ番組での司会者コメント
◆「おれのシャツにアイロンをかけろ」(“Iron my shirt!”)=クリントン氏の演説へのヤジ
■昇進格差、境遇重ねる
クリントン氏の挑戦は米国の女性に何をもたらそうとしているのか。
3月4日、オハイオ州でのクリントン氏の集会は、氷雨の夜にもかかわらず人びとの熱気で暑いほどだった。久しぶりの予備選勝利を喜ぶ支持者らのなかには、働く女性たちが数多くいた。
金融企業に勤めるアンジー・ブリルさん(35)はこの日、ライバル男性が昇進したという知らせを受けた。「年功が理由だと上司は言うけれど、私たちは同期入社。懸命に働いても、昇進するのは男性の方が早い」
世界経済フォーラムによる07年の「性別格差ランク」では、米国は前年の23位から31位に下落。06年の女性のフルタイム労働者の収入は、男性の77%。女性の社会進出の「先進国」と思われている米国だが、性別格差は厳然と存在している。
ブリルさんは、クリントン氏の苦戦に自らの境遇を重ね合わせる。「女じゃできっこない、と私たち自身が決めつけてしまっているのでは」
同州予備選の出口調査では、投票の6割を女性が占め、その57%がクリントン氏に投票した。撤退寸前まで追い込まれた同氏を支えるのは、主に30代以上の女性たちだ。
「ヒラリーが女性だから投票するのではない。でも、初の女性大統領が生まれたら、それは素晴らしいことだと思う」。人事課に勤めるジュディ・ニューフェルドさん(24)は話した。
「9歳のめいが私に言うんです。ヒラリーが大統領になったら、私もなれるかもしれないって」
オバマ氏にリードされても戦うことをやめようとしないクリントン氏の姿は、女性たちに希望を与えている。
クリントン氏本人は、ニューズウィーク誌の3月17日号で、こう語っている。「(私の挑戦によって)本当に利益を受けるのは、私たちの娘や孫娘たちなんです」
■米国女性の「ガラスの天井」データ■
(米国勢調査、全米女性機構、非営利団体カタリストなどの調査から)
◆女性の年収
男性の0.77倍(06年)
◆主要500社の経営幹部のうち女性の割合
14.8%(07年)、女性社長は8人(05年)
◆女性議員の比率
連邦議会=16.1%、州議会=23.6%
(スウェーデン=47%、日本=9.4%)
◆貧困層以下の女性の割合
13.6%(男性は11.0%)(06年)
◆犯罪被害
家庭内暴力で年間1400人の女性が殺される
年間13万2000人が強姦(ごうかん)(未遂を含む)被害