2008年4月2日
米大統領選の候補者指名レースで中南米系のヒスパニックが存在感を増している。移民規制問題をきっかけに政治意識に目覚めたヒスパニックは、ヒラリー・クリントン上院議員をレースに踏みとどまらせる原動力に。だが支持は一枚岩とはいえず、ヒスパニック票の争奪戦は11月の本選挙でも起きそうだ。(ロサンゼルス=堀内隆)
■「クリントン」に親近感
ニューヨーク市の高齢者向け施設で働くナティビダ・ディアスさん(57)は、カリブの島国ドミニカ共和国から移り住んで25年。06年に市民権を得て、2月の民主党予備選で初めてクリントン氏に1票を投じた。
黒人やヒスパニックが多く住むマンハッタン・ハーレム地区のアパートで、息子のルーズベルトさん(37)から何度も「オバマはどう?」と水を向けられたが、「若すぎる」とはねつけた。
「(ビル・)クリントン政権は移民に優しかった。我々にとっては英雄のようだ」
人口で黒人(アフリカ系)を抜いて今や全米最大のマイノリティー(少数派)のヒスパニックだが、政治参加はかねて低調だった。だが、05年に不法移民の規制を強化する法案が米下院を通過すると全米に抗議デモが拡大。眠っていた政治意識に火をつけた。
今回の民主党予備選でも全投票者に占めるヒスパニックの割合は、カリフォルニア州で4年前の2倍、テキサス州でも3割増の勢いだ。
中でもヒラリー・クリントン氏への支持の高さが際立っている。ヒスパニック人口の割合が高い10州の予備選・党員集会でクリントン氏が落としたのは、オバマ氏の地盤イリノイ州など2州だけだ。
なぜクリントン氏なのか。
夫のビル・クリントン氏は大統領任期中に3人のヒスパニックを閣僚に登用。さらにアリゾナ州立大のエスピノ准教授は「80年代の不況から抜け出し、ヒスパニックの雇用状況を改善してくれた大統領だった」。景気がかげり、移民締め付けが厳しさを増す昨今、「クリントン」の名に郷愁を抱くヒスパニックは少なくない。
クリントン陣営は戦術面でも「つぼ」をとらえる。昨春いらい、ヒスパニックの公民権運動の英雄ドロレス・ウエルタ氏ら多くの大物から支持を得た。「ヒスパニックは大物が誰を支持するかに影響されやすいことを(クリントン陣営は)知っている」と、ロヨラ・メリーマウント大(ロサンゼルス)のゲラ教授は指摘する。
■親子で支持衝突
だが、ヒスパニックがクリントン氏への支持一色に染まっているわけではない。
メキシコ国境沿いで、住民の85%がヒスパニックのテキサス州キャメロン郡。クリントン氏の牙城(が・じょう)だが、地元の州下院議員エディー・ルシオさん(29)は一大決心してオバマ陣営に加わった。州上院議員の父(62)はクリントン氏支持。食卓で「経験が大事だ」という父に、「経験より考え方だよ」と切り返す。
ロサンゼルス郊外の大学院生アルフレド・カルロスさん(27)もクリントン氏支持の父(55)と衝突。「何をしたかより、人好きがするから評価されているだけ」と、クリントン氏への見方も辛口だ。
出稼ぎ労働者など祖国とのきずなが太い親の世代とは異なり、米社会にすっかり溶け込んだ若い世代が増えている。ルーズベルトさんは「英語ができない母はスペイン語テレビが頼り。関心も移民問題が中心だ。僕らは英語メディアもインターネットもあり、様々な意見をもとに判断する」と話す。
「夫の人気」「有力者の支持」といったクリントン氏の「武器」が通じない若者にオバマ氏は焦点を定める。ヒスパニックの人気コメディアンをテキサス州での選挙運動に起用し、メキシコ国境沿いの街を一緒に巡った。3月の同州予備選では、29歳以下の若いヒスパニックに限れば2人の得票はほぼ互角だった。
■巨大な浮動票、共和党も注目
さらにヒスパニックは「民主党一辺倒」というわけでもない。
大多数がカトリック信者で家族の価値を重視する傾向が強い。妊娠中絶問題や同性愛など、価値観が問われる選挙になると共和党に流れやすいのが特徴で、4年前の大統領選ではブッシュ氏再選の支えになった。その折々の争点次第で党派の壁をやすやすと越えるところが、「巨大な浮動票」と言われるゆえんだ。
このため民主、共和両党の指名候補者がぶつかりあう11月の本選挙でも、ヒスパニック票の激しい争奪戦が起きそうだ。調査機関のピュー・ヒスパニックセンター(ワシントン)は、本選挙で投票するヒスパニックは4年前の大統領選よりも約100万人増えて過去最高の865万人に達する、と推計する。
共和党の指名候補の座を確実にしたマケイン上院議員は、不法移民に労働資格を与える法案を出すなど、移民に比較的寛容な政策でヒスパニックを引き寄せている。ヒスパニック人口が多いアリゾナ州が地盤なのも強みだ。泥仕合の様相を見せ始めた民主党の2候補予定者を尻目に、マケイン氏は3月25日、民主党のとりでであるカリフォルニア州に乗り込んだ。ヒスパニックの自営業者を集めて集会を開くなど、本選挙をにらんだ切り崩しを始めている。
〈ヒスパニック〉 米国に住む中南米出身者と子孫の総称。アングロサクソン系ではないラテン系という意味のスペイン語から「ラティーノ」とも呼ばれる。02年に人口で黒人を抜き、全米最大のマイノリティー(少数派)に。06年調査では約4430万人で、全米人口の15%近くを占めた。