2008年8月29日
民主党全国大会を前に会場で公民権運動について語るルイス下院議員=コロラド州デンバー、真鍋写す
民主党全国大会の初日、会場となるデンバーの屋内スタジアムで、小柄なアフリカ系(黒人)政治家が、舞台を見つめていた。
あと数時間で、全米から数万人の参加者が集う。この壮大な政治集会の主役、オバマ上院議員(47)も、まだ姿を見せてはいない。
「この時を、彼らと一緒に過ごしたかった。殴られ、撃たれ、殺された彼らと」
ジョージア州選出のジョン・ルイス下院議員(68)の脳裏に浮かんでいたのは、共に公民権運動を戦った今は亡き仲間たちだった。「45年前とはまるで違う世界に思える」
1963年、20万人以上が参加して人種差別撤廃を訴えた「ワシントン大行進」で、23歳のルイス氏は演壇に登った。同じ舞台に立った故マーチン・ルーサー・キング牧師が語ったのが、世界史に残るあの名演説だった。
〈私には夢がある。かつての奴隷の子と奴隷所有者の子が、兄弟のように同じテーブルにつく夢が〉
ルイス氏も演説した。「目覚めよ、米国。私たちは待てない。我慢もしない」
■綿を摘んだ手
「公民権運動が生んだ最も勇敢な人間の一人」といわれるルイス氏は40年、アラバマ州の小作人の子として生まれた。同州モンゴメリーのバス・ボイコット運動を指導したキング牧師の演説をラジオで聞き、公民権運動に身を投じる決心をする。
61年には、バスの人種隔離座席を撤廃させるための「フリーダム・ライド」運動の第1陣に参加した。白人専用席に座っただけで何度も暴行を受け、乗ったバスは放火された。オバマ氏が生まれたのは、この年だった。
60年代後半、ルイス氏は黒人参政権運動の指導者となる。南部の州では、黒人たちは有権者として登録することを恐れていた。彼は約2万枚のポスターを作製し、理髪店や学校、教会に配布した。
「綿を摘んだ手が今、公職者を選ぶことができる」。片手で綿花を摘み、もう片方の手で投票用紙を箱に入れようとしている男性の絵柄のポスターには、そんな標語が書かれていた。この活動の結果、400万人以上の黒人が有権者登録をしたとされる。
「60年代に綿を摘んだ手が今や、次期大統領を選ぶことができる。ほんの一昔前まで、黒人は有権者登録をしただけで身の危険を感じていたというのに」
■縮んだ距離感
ルイス氏の思いは、初めからオバマ氏にまっすぐに向かったわけではない。
当初はヒラリー・クリントン上院議員を支持していた。夫妻と長年、個人的に親しかったこともあるが、公民権運動に無縁だったオバマ氏への「距離感」が影響していたのは間違いないだろう。
考えを変えたのは、今年2月になってからだった。
「ケネディ大統領やキング牧師が暗殺された後、彼ほど若者を駆り立てた政治家はいない。オバマ氏の登場は公民権運動と連続していることに気付いた」
この決断は黒人の支持がオバマ氏に雪崩を打つきっかけのひとつとなり、予備選で黒人有権者の同氏支持率が8割を超す州が続出した。
オバマ氏が指名候補の座を確実にした数日後、アトランタ市内での演説会で、若い黒人女性に質問された。「今の状況を知ったら、キング牧師は何と言ったと思いますか」
ルイス氏は答えた。
「ハレルヤ、ハレルヤ。そう言ったと思う」。神を祝福する牧師の言葉が、彼の耳に聞こえたのだろうか。
「私には夢がある」。キング牧師がワシントン大行進で高らかにうたい上げたのと同じ8月28日、米国史上初の黒人大統領候補、オバマ氏が演壇に立つ。
「キング牧師のあの演説がなければ、オバマ氏はここにはいなかった。これからも決して簡単ではなく、戦い続けなければならない。だが彼の立候補により、きっと私たちの夢は、夢ではなくなる」
公民権運動を自らの人生として生きた老政治家は、オバマ氏の演説の前に、演壇に立って全米に語りかける。
(デンバー=真鍋弘樹)