現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ニュース
  3. 国際
  4. ロイターニュース
  5. 記事

アングル:習近平氏、「試練」経たエリートが中国最高指導者に

2012年11月9日

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

11月8日、中国の次期最高指導者に就くことが確実視されている習近平氏。エリート家庭で生まれ、文化大革命の混乱の中で成人した習氏の人物像を探った。写真は画家が描いた習氏の肖像画。2日撮影(2012年 ロイター/Siu Chiu)

 [北京 8日 ロイター] 元副首相を父に持つエリート家庭で生まれ、文化大革命の混乱の中で成人した中国の次期最高指導者、習近平・国家副主席(59)。普段はダークスーツに身を包み、共産党指導者たちの特徴とも言える「鉄仮面」をかぶる習氏だが、3年前に訪れたメキシコでは、その素顔を垣間見せていた。

 「世界的な金融不安の中、中国は依然として13億人を食べさせるという課題を解決できている。それ自体が、人類にとって最大の貢献だ」。外国からの中国批判に激しく反論して見せたこのコメントには、中国のインターネットユーザーから瞬く間に称賛の声が上がった。

 習氏はさらに「腹がふくれ、やることのなくなった外国人がわれわれを非難している」と続け、「第1に中国は革命を輸出しない。第2に飢餓や貧困を輸出しない。第3にあなた方(外国人)に迷惑をかけない。これ以上何を言うことがあるのか」と言い切った。

 8日に北京の人民大会堂で開幕した第18回共産党大会。会場の最前列に陣取る習氏は、再び仮面をかぶることになり、そこで胡錦濤・国家主席から党総書記のポストを引き継ぐ。

 習仲勲元副首相を父に持つ「太子党」の習氏は、党幹部に囲まれた環境で育った。しかし、文化大革命前に父が全職務を解任され、習氏自身は貧困にあえぐ農村部で数年間暮らした。父の復権がかなった後になって大学に進学し、権力の座への道を歩み始めた。

 慎重な改革派と評される習氏は、中国が進める経済改革の最前線である福建省や浙江省で要職を歴任。胡氏の後継者候補として名前が挙がるようになった。

 <下放された青年期>

 有名歌手と結婚し、上海市党委書記の座にも就いた習氏。控えめでありながらも、ある時は強気に臨む政治スタイルを備え、党の専門用語が並んだ当局者の演説を批判し、分かりやすさを求めたこともあった。

 今年9月には、何の説明もないまま2週間にわたって姿を消し、中国国民や海外の経済界に動揺を与えた。当時は重病説も流れ、指導部交代に問題が生じたなどとする憶測さえ広まった。この件に関して複数の関係筋は、習氏が水泳中に背中を負傷し、医師の指示に従って療養していたと明かした。

 陝西省出身の習氏は、文化大革命(1966─76年)の混乱期に下放された同省の農村部でキャリアをスタートさせ、地元自治体の役人の職に就いた。胡氏らも卒業したエリート校、北京の清華大学では化学工学を学んだ。後に同大学でマルクス主義理論も学び、博士号を取得している。

 習氏が名声を得たのは1980年代初頭、河北省正定県の党委員会トップに就いた時だった。習氏は指導部が住む中南海への立ち入りが許され、胡耀邦・党主席(当時)との面会も可能だった。

 1999年8月には福建省長に昇進。2007年3月には巨額汚職事件で陳良宇氏が逮捕されたことを受け、その後任として上海市党委書記に抜擢された。そして同年10月に政治局常務委員入りを果たした。

 習氏の妻で歌手の彭麗媛氏は、かつては夫より間違いなく人気があったが、習氏の昇進に伴い、党から表舞台に出ないよう命じられたという。

 (原文執筆:Ben Blanchard記者、翻訳:野村宏之、編集:宮井伸明)

ロイタージャパン ロゴ
ロイタージャパン

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介
  • 中国特集