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「新しい北朝鮮人」を知る一冊

2012年4月18日

  • 筆者 鄭銀淑

写真中朝国境線の中国側から見た北朝鮮の町並み。煙突からの白煙は、夕食の支度や暖をとるためにトウモロコシの茎や葉を燃やしたもの ※写真をクリックすると拡大します 写真自立し始めた北朝鮮住民の主役は女性。家事や行商だけでなく、自転車で重い荷物を運ぶ仕事も ※写真をクリックすると拡大します 写真『北朝鮮のリアル』チョ・ユニョン著(東洋経済新報社) ※写真をクリックすると拡大します

 今回は私の知人が書いた本の話題です。

 書名は『北朝鮮のリアル 住民・脱北者の証言から読む金正恩体制の明日』(東洋経済新報社)。著者はチョ・ユニョンという30代前半の韓国女性です。彼女は10年以上前から韓国の脱北者団体のボランティアをしたり、北朝鮮から亡命した故・ファン・ジャンヨプ氏(元・朝鮮労働党幹部)の秘書を務めたりしてきた人です。ここ数年は中国東北部に頻繁に出かけ、商売のために中朝を往復している北朝鮮住民や、脱北者から直接話を聴き続けています。

 日本では北朝鮮に関する本が数多く出ていますが、この本が興味深いのは、今まさに北朝鮮で暮らしている人々や、ここ3〜4年の間に脱北した人々の証言が数多く取り上げられている点です。いくつか抜粋してみましょう。

 「子どもたちのためには、脱北したほうがいいんじゃないかと考えることもあります。それが悩みです」会寧(フェリョン)在住の北朝鮮女性

 「中国は食べ物が豊富で種類も多く驚きました。北朝鮮では政府が毎日のように強盛大国を成し遂げようなどと言っていますが、食料問題さえ解決できないのです。政治が変わるべきではないかと考えるようになりました」咸興(ハムン)在住の北朝鮮女性

 「中国を何度も訪れていると、北朝鮮の現実がなおさら嫌になり、戻りたくなくなることもあります。ただ、今は子どもたちにはもう少しよい未来があるはずだと思いながら、一生懸命生きるしかありません」平壌在住の北朝鮮女性

 「出勤しても仕事がないため市場に行くと、両替商が1カ所に集まって、今日の為替レートの情報交換をしていました。商売をしに来た中国人や、中国に行く北朝鮮人を相手に、中国元とウォンの両替をしたら、かなり利益が出たので、私も両替商を始めました」会寧出身の脱北者

 「初めは市場で果物を売ったり、自分で作った食べ物を売ったりしていました。2000年代に入ると、中国で中古の工業製品を仕入れて、地方にも行商に出かけるようになりました」穏城(オンソン)在住の北朝鮮女性

 「多くの庶民にとって開墾地は頼みの綱です。私がいた会寧でも、山に行けば、多くの学生たちが学校に行かずに開墾地の畑で農作業をしていました。かなり奥地まで行かなければ木の生えた山なんて見られないほど、今の北朝鮮の山はどこも畑になっています。商売の次に、食料を手に入れる数少ない方法なのですから」会寧出身の脱北者

 「金日成も金正日も食べさせてくれなかったコメの飯と肉のスープを、金正恩が食べさせてくれるとはだれも期待していません。商売を統制して私たちを苦しめさえしなければいいでしょう」会寧出身の脱北者

 「占い師にあれこれ話すと、心がスッとするんです。未来がいくらかよくなるような希望ももてました。だから決して安くはないお金を用意して、お金がなければコメを用意してまで、占い師のもとを訪ねるのです」平壌出身の脱北者

 これらの証言から感じられるもっとも大きな変化は、人々が国からの統制を受けながらも“個”を確立していることです。1990年代の経済難以降、北朝鮮の各地にチャンマダンと呼ばれる闇市が自然発生しました。十分な配給を保証できなくなった政府はそれを黙認するしかなく、人々は国に頼らずに生きていく方法を自ら探し始めたのですね。

 私の亡くなった母親は、戦争で分断される以前の北側・黄海道(ファンヘド)出身です。生前「ふるさとの海辺に咲くハマナスの花が見たい」とよく言っていたので、私も北朝鮮には格別の思い入れがあります。分断から60年近くが経ってしまった今、統一を無責任に叫ぶことはできませんが、この本からは「金正日・金正恩の北朝鮮」ではなく「住民たちの北朝鮮」の息吹を感じることができ、胸が熱くなりました。

 協力:チョ・ユニョン 1979年、済州島生まれ。ソウルの梨花女子大学大学院北朝鮮学修士課程修了。2003年まで脱北者の団体でボランティア、2006年までは、故・ファン・ジャンヨプ氏の秘書を務める。

 問い合わせは、http://www.k-word.co.jp(株式会社キーワード)まで。

※「スパイシー!ソウル」は今回が最終回です。「冬のソナタ」ブームにわく2004年春に連載がスタートしてから丸8年が過ぎました。その間、私の大好きな日本で韓国の大衆文化が存在感を増したことが、なによりの喜びです。長らくのご愛読、ありがとうございました。鄭銀淑(チョン・ウンスク)

プロフィール

鄭銀淑(チョン・ウンスク(JUNG EUN SOOK))

1967年生まれ。世宗大学院修士課程修了後、日本に留学。現在、韓国で執筆・翻訳・取材コーディネートを行う。著書に『韓国の人情食堂』(双葉社)、『中国東北部の「昭和」を歩く』『韓国「県民性」の旅』『マッコルリの旅』(東洋経済新報社)、『韓国×マッコリ酒場』『ビジネス指さし会話帳 韓国語』(情報センター出版局 )、『韓国・下町人情紀行』(朝日新聞社)、『韓国の美味しい町』(光文社)、『韓国の「昭和」を歩く』(祥伝社)など。鄭銀淑のページ

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