2009年6月26日3時8分
アデン湾でスペイン艦の隊員に尋問される海賊と見られる男ら。北大西洋条約機構(NATO)が今月初め、写真を公表した=ロイター
08年にソマリア海賊に乗っ取られた船で人質となり、解放後、インド・ムンバイで家族と抱き合う乗組員=ロイター。この船は日本企業が関係する船だった
海賊事件が相次ぐアフリカ東部ソマリア海域で、日本企業の関係する商船の乗っ取り被害の実態が明らかになった。07年秋から約1年で6件発生。うち1件の当事者が社名や日時、身代金額などを伏せることを条件に、報告書や実際の交渉を基に詳細を語った。
北アフリカの都市、人々が行き交う昼間の雑踏。アタッシェケースを携えた外国人男性が何げない様子で辺りを見回した。別の外国人男性が近づき、すれ違いざまにケースが渡された。中身は米ドルの現金。日本の海運会社が工面した身代金だ。貨物船を海賊に乗っ取られた代償だった。
「そちらの船から救難信号を受信した」。この海運会社に北欧の救難部隊から連絡があったのはその何十日も前の午後だった。貨物船は東南アジアから欧州へ向かう途中、ソマリア沖を進んでいた。乗組員はアジア国籍などの数十人。役員らは船に電話したが通じない。「やられたな」。弁護士や危機管理コンサルタントと対策を練り始めた。
米海軍からも連絡があった。貨物船の後ろに小型船2隻がつながれていたのを見つけ、「攻撃していいか」。海運会社役員の声はうわずった。「やめてくれ。危険物を積んでいるから危ない」
海賊は船をソマリアの首都モガディシオ付近に停泊させ、「ものすごい金額」(役員)を要求してきた。通信手段はすべて壊され、海賊は持ち込んだ衛星電話を使った。「銃を突きつけられている。早くしないと殺される」。電話の先で船長がうめいた。
後で聞いた話では、船の後ろにはしごをかけられ、銃などを携えた海賊8人ほどが乗り込んできた。乗組員は1カ所に集められて監視された。
身代金の額をめぐり、海賊との綱引きが続いた。だが次第に貨物船の燃料が少なくなり、生活電源も乏しくなってきたことに我慢できなくなった海賊が金額を減らし、折れた。「お金で本当に解決するのか悩んだが、命には代えられないと思った」と役員。間もなく乗組員は解放された。