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「医療タダ」の挑戦 医療長寿(3)

2008年02月05日

■貧しさが奪った命、契機

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病院の受付で、ゴールドカードを示す患者(右)。職員が患者の番号を打ち込むと、コンピューターに患者の個人情報が映し出された=タイ東北部で

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ひざにプラウちゃんを抱き、「ゴールドカードがなければ、この子をあきらめざるをえなかった」と語るミヨムさん(右)=タイ東北部で

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 「ゼー、ゼー」と苦しそうな息が、木造の小さな家の中に響き渡る。ラオスとの国境に近いタイ東北部の農村。8歳の女の子プラウちゃんは生まれてまもなく、高熱が原因で呼吸困難に陥った。脳に障害が残り、気管を広げる薬と、酸素ボンベを使いながらの生活を続けている。

 「ゴールドカードがなければ、この子をあきらめざるをえなかった」

 祖母のミヨムさん(49)はそう言って、プラウちゃんの名前と近くの病院名が書かれたカードを大事そうに見せてくれた。政府から支給されるこの医療カードがあれば、少ない負担で医療が受けられる。人々は敬意を込めて「ゴールドカード」と呼ぶ。

 すべての国民は平等に医療を受ける権利がある――。タイ政府が「30バーツ(約120円)医療」と名付けた制度を導入したのは01年のことだ。タイでは職種別に複数の医療保険制度が混在してきた。公務員の医療費はすべて税金でまかなわれ、企業で働く労働者にも一部公的資金を使う独自の保険制度がある。だが、農民や自営業者など、国民の大半を占める層は事実上、こうした社会保障の対象からはずされていた。

 新制度では診療をうけるたびに30バーツを支払えば、風邪からがんまで病気の種類を問わず、だれでも治療を受けられるようになった。公的な社会保障がほとんど整備されていないアジアの途上国では、画期的な試みだった。

 推進役となったのは、医師の資格を持つ保健省の役人だった。

 「選挙の公約として打ち出したい。何か良い政策はないか」。翌年に総選挙を控えた00年、保健省の事務次官に就任したばかりのモンコン氏のもとを、新進気鋭の政治家だったタクシン氏率いる「タイ愛国党」の政策担当者が訪ねてきた。「貧しい農民でも安心して医療を受けられる制度を構築するべきだ」。モンコン氏は迷わず進言した。

 苦い思い出があった。大学卒業後、10年余りを地方の勤務医として過ごした。ある日、4歳の女の子が高熱を出しているといううわさを聞きつけて自宅を訪ねた。だが、胸の病気が進行し、すでに手遅れだった。両親を問いつめると、病院に行くお金がなかったのだという。「たった500バーツが用意できないために、あの子は死んでいった」

 「30バーツ医療」は、愛国党が選挙で勝利する原動力となり、タクシン氏を首相の座に押し上げた。06年9月のクーデターで追放されたが、いまなお国民の支持は根強い。

 だが代償も大きかった。当然のことだが、政府の財政を圧迫し始めたのだ。

 「このままでは貧困層に十分な治療を提供できない」。政府は一昨年の暮れから、欧米の製薬会社が特許を持つ心臓病や抗エイズの薬を、輸入から安いコストですむ自国生産に切り替える方針を相次いで発表した。先導したのは、クーデター後の政権で保健相に抜擢(ばってき)されたモンコン氏だ。

 タクシン政権は革新的な医療制度を導入したものの、表面上の「財政健全化」にこだわり、医療予算を大幅に増やすことはなかった。このため、それぞれの病院が自ら借金をするなどしてやりくりし、必要な医療が提供できない病院も出てきた。現場の苦境を肌で知るモンコン氏が大臣に昇格したのをきっかけに、思い切った予算の拡大に動いた。同時に30バーツだった患者の自己負担の無料化にも踏み切った。

 国を挙げた「特許破り」はすぐさま、欧米の製薬会社や政府とのあつれきを招いた。米国政府はタイを知的財産保護の「優先監視国」に指定。経済制裁もほのめかし、今も緊張状態が続いている。

■大盤振る舞い 赤字招く

 だれでも公平に医療を受けられる新制度を維持しながら、いかに財政支出を抑えるか。試行錯誤が続く。

 タイ中部にある公立の医療機関、サラブリー病院。病棟に囲まれた中庭で毎朝、近所に住む100人ほどのお年寄りたちが伝統的なタイダンスをとりいれたエクササイズをしている。音楽に合わせて40分も体を動かすと、汗びっしょりだ。健康な高齢者に適度な運動と食事を指導する目的で、同病院が中心となり3年前から始めた。院内に専門の指導チームがあり、現在はサラブリー県内の100カ所以上で同じような活動が行われている。

 「高齢者の医療費は今後ますます増えていく。どう病気を予防するかが、最大の懸案」とチュティディ副院長(48)は話す。

 タイでは94年に6.8%だった60歳以上の人口比が07年には10.7%に達した。この病院では、30バーツ医療の導入後、1日の外来患者が一気に倍の2000人に増えた。最も多いのは高血圧や糖尿病で、患者のほぼ4人に1人が高齢者だ。

 これまでは、別の制度による公務員や企業労働者向けの医療予算を流用する形で、こうした患者の医療費をまかなってきた。だが、コストがかかる人工透析や心臓病の治療も増えつつあり、こうしたやりくりも限界を迎えつつあるという。

 均衡を保っていた財政収支は07年度、赤字に転じた。モンコン氏は「高齢化社会に備え、いずれは増税が避けられない」と話す。しかし、政府の「高齢化対策委員会」のメンバーでもあるマタナ・タマサート大准教授は「所得水準が十分でないタイでは、税制改革にも限界がある。我々の財政では面倒を見きれない。社会保障費の増大は今後、発展途上の経済の行方にも影響を与えるだろう」と警鐘を鳴らす。

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