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昔日、民主化の砦 タイ弾圧事件から30年 大学(2)

2008年4月22日

    写真サマック首相の関与が疑われている76年10月6日の「血の水曜日事件」を追悼する記念碑=バンコク、山本写す写真

    ■血の記憶 語れぬ政権

     流血の政変を引き起こした集会の舞台に何度もなったサナムルアン(王宮前広場)に接するタマサート大学の構内には、数々の碑がある。タイ近代史で長く続いた軍事政権にたびたび立ち向かい、武力の犠牲となった学生らを追悼する記念碑だ。

     「民主主義のすべての道はタマサートにつながる」と言われた民主化運動の総本山で先月28日夜、元政治家や学者らで作る民間団体「民主主義市民連合」が反政府集会を開いた。タクシン元首相の汚職疑惑解明や同氏の後ろ盾で2月に発足したサマック政権の退陣を求め、一般市民約5千人が記念碑の前に集った。

     集会では手書きのビラが配られた。「10月6日の犠牲は本当に1人だけなのか」「あなたは何を隠しているのか」

     タイ史上最も残虐な事件と言われる76年10月6日の「血の水曜日事件」。国外追放されていた軍事独裁者タノム元首相の帰国に抗議して同大構内で開かれた学生集会に、治安部隊や右翼団体が突入し、政府発表で死者46人、負傷者160人を出した。実際は死者100人以上と言われる。

     事件直前まで内務副大臣だったサマック氏(72)は、右翼を扇動した疑念をもたれてきた。首相就任で疑惑が再び注目を集め、早くも政権の火種となっている。

     「虐殺の事実は全くない。死者は1人。不運な男がひとり殴られ、焼かれただけだ」

     2月に放映された米CNNとの会見でサマック氏が事件について語ったことが始まりだった。犠牲者の遺族ら200人が抗議集会を開き、国会では野党が首相の事件への関与を集中的に追及。事件の詳細に触れない歴史教科書の書き直しを求める動きも出始めた。噴き出した反発に首相は事件への言及を一切やめ、真実は今も闇のままだ。

     だが、かつての学生活動家の事情も複雑だ。

     「事件に触れたくないのは学生運動をしていた側も同じだ」と語るのは、事件の2日前、治安部隊が弾圧に動く端緒となったとされる反政府の寸劇を構内で演じた中国学者のビロードさん(56)だ。

     7割近い議席を持つ6党大連立の現政権与党には学生運動の過去を隠す政治家が複数いる、と明かす。「勤王で極右のサマックと政権奪取の目的のみで手を組んだだけに、事件の顕在化はサマックとの心中を意味する」という。

     ベトナム戦争や、ラオスやカンボジアなど隣国で共産化が進んだ情勢を背景に、当時の民主化運動は共産主義を訴える学生が主導した。ビロードさんもその一人。「タイ政治に民主主義の息吹を吹き込んだ学生運動を誇りに思うが、何も知らない学生に共産主義をすり込んで運動を扇動した結果、多くの学生を死に追いやった罪の意識に今も涙することがある」

     かつての活動家には今、学界やビジネス界でも指導的な立場にいる人が多いという。

     「事件の真相を明確にし、失った同僚を弔いたいとの気持ちもある。事件が騒がれて隠してきた過去が発覚するのを恐れる人もいる。事件の追及は両刃の剣なんです」

    ■血の記憶 語れぬ政権

     サマック首相も実はタマサート大の卒業生だ。元同級生のプリーチャ・同大客員教授(70)によると、サマック氏は仕事と勉学を両立する苦学生だった。弁論大会では常にトップをとるが、単独行動を好むタイプだったという。

     「当時は入学試験の免除が容易で学費もとても安く、苦学生には来やすかった。民主主義を重んじる学風にこだわる学生が多いタマサートで、サマックは異色な存在だ」

     同大は、絶対君主制から立憲君主制に移行を果たした32年の立憲革命の立役者となったプリディ元首相が34年に創設したこともあり、民主化思想の強い学風が特徴。常に反独裁や反汚職を求める「民主化の砦(とりで)」となってきた。

     いま、こうした学風に引かれて入学する学生は少なくなった。「悲しい事実だが、政治を左派的な角度から監視してきたタマサート・ブランドは92年を最後に消えた」と同大のタネット教授(59)。民主化運動への武力弾圧で多数の死者を出した事件としては最後となった92年5月の流血事件後、「自分の生活を豊かにすることが最優先の学生が増え、政治への関心は薄れていった」と残念がる。

     タマサート大では新入生に「血の水曜日事件」などの歴史を紹介するビデオを見せている。タネット教授自身も事件で多くの学生仲間を失った。それだけに「民主化運動の原動力となった政治への関心、不正への怒りを今の学生にも引き継いでほしい」との思いが強い。

     だが、今の学生たちの関心は高くはない。

     「サマック氏は首相になった以上、自らの事件関与の有無を明らかにする義務があるか、と学生に問いかけても反応は鈍い」とプリーチャ教授。入学審査の厳格化や学費の高額化などで、同大に進学する学生の多くが「中流階級の比較的裕福な家庭の子になった」。経済やビジネスへの関心が高まり、「不平等や不正などへの怒りを原点に政治的関心を抱く生徒は、むしろ学費の安い大学へ流れるようになった」と分析する。

     先月28日の抗議集会に現役学生の姿はほとんどなかった。教育学部3年生のナルットさん(22)は語る。「私たちは政治的には中立であるべきだと思う。政治には選挙での投票を通じて関与したい」(バンコク=山本大輔)

        ◇

    タマサート大学 タイでは国王ラマ6世が設立したチュラロンコン大に続き2番目に古い歴史を持つ国立大。特に法学部や政治学部などは東南アジアで有数の名門。卒業生にはチュアン元首相ら政治家も多い。

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