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寛容を育む インドネシア・穏健派ムスリム 大学(5)

2008年5月20日

    写真イスラム大学の女学生たち。肌を隠すジルバブ(スカーフ)の着用が義務づけられている=ジャカルタ近郊、矢野写す

     ■自由と伝統が共存

     ジャカルタ近郊のチプタ地区。友人2人と下宿で共同生活をするシラージさん(23)は、南アフリカ・ケープタウンの出身だ。2年前から近くの国立イスラム大学に留学している。

     夜明け前に起き、一日5度の祈りを欠かさない敬虔(けいけん)なイスラム教徒。授業は週5日、午前7時半から夕方までびっしりある。宿題や予習を終えて寝るのはいつも深夜だ。

     専攻は「イスラム金融」。利子をとることを禁じるイスラム教の教義に沿った金融商品・取引の学問で、中東などでは一般化しているが、イスラム教徒が少数派の南アフリカでは学べない。「故郷でもイスラム金融が注目される時が必ず来る。その時に備え、銀行マンとして必要な知識を身につけたい。睡眠不足がつらいが、信仰も、勉強も充実している」と語る。

     地元の高校を卒業後、信仰を深めるためイスラム教育が盛んな国への留学を決意。知人から聞いたインドネシア政府の奨学金制度に応募した。月に約2万円の生活費が補助され、年に約4万円の学費が免除された。

     イスラム教徒の留学先としてはエジプトやサウジアラビアなど中東諸国が主流だが、「インドネシアのイスラム大学は中東と違って服装の規制が緩いなど自由度が高い。その一方で、信仰や伝統もしっかり守っている。多くの宗教や価値観がある現実の世界の中で、イスラム教徒として生きる道を学ぶには絶好の場所だと思う」と話す。

     国立イスラム大学は02年、イスラム関連科目が中心だった前身の国立イスラム宗教大学のカリキュラムを大幅に改編し、総合大学として開学した。入学者数は当初の約2500人から約4千人(07年)に増加。フィリピンやタイ、マレーシアなどアジアを中心に、アフリカ、欧州なども含め約130人の留学生を受け入れている。

     海外展開も積極的だ。シンガポール政府の要請で、今年から「イスラム学習プログラム」をスタート。同国のイスラム教団体で指導者的な立場にある15人を対象に、インドネシア側から教授が出向いてイスラム社会やイスラム政治などの科目を教える。タイ政府との間では、イスラム大学をタイに設立し、教授の派遣や財政支援をする計画を進める。今後、中東や欧米でも協力を進める方針だ。

     インドネシアは人口約2億3千万人の約90%がイスラム教徒。一国のムスリム人口としては世界最多だが、聖地メッカから遠く離れ、「辺境のイスラム」と見られてきた。ただ、ここ数年、過激なイスラム教徒によるテロが世界各地で頻発する中で、他宗教に寛容な「穏健派ムスリム」を育てるインドネシアのイスラム大に注目が集まる。

     スダルノト副学長は「我が校では、イスラム教は、民主主義という大きな傘の中にあると考える。イスラムの教義に固執して他宗教を認めない中東の一部の強硬派の思想と違い、他宗教を理解することを重視する。そこに存在価値がある」と言う。

     ■10学部、多様な科目

     国立イスラム大のカリキュラムは、イスラム関連の科目を重点的に学ぶ傾向がある中東の大学と比べ、一般の社会科学も含めた多様さに特徴がある。イスラム法・法学や伝道・コミュニケーション学、神・哲学、文・人間学、経済・社会科学、保健・医学など10学部で構成。日本の国際協力銀行(JBIC)も保健・医学部の施設建設での円借款やカリキュラムづくりなどで支援している。

     時間割りは、大学側が生徒の専攻に応じ、イスラム関連科目と総合科目をバランスよく配分して決める。例えばシラージさんの場合、イスラム法会計やアラビア語などイスラム関連科目に加え、一般商法やマクロ・ミクロ経済学、統計学などが組まれる。

     授業の形態は、少人数のゼミ方式が主流。学生たちがテーマに沿って自分たちで調べたことを発表し、質疑応答を繰り返す。学生が互いの考え方をぶつけ合い、他者の意見に耳を傾ける習慣をつけることを重視している。

     大学の図書館には「アメリカン・コーナー」がある。米国関連の書籍や事典、雑誌など1300冊が所蔵され、学生は自由に閲覧できる。移民政策について調べていたビノさん(21)は「米国が移民に対して寛容だったとは知らなかった。インドネシアには『イスラムを敵視している』として米国に反感を抱く人が多いが、こちらが学ぶべきこともある」と話す。

     こうした寛容の姿勢の源流は、45年の独立時にさかのぼる。建国五原則(パンチャシラ)の一つに「唯一神信仰」を位置づけて信仰を重視する一方、イスラム教のみを公式宗教に指定するのでなく、キリスト教や仏教なども認めた。国内には、イスラム国家の樹立を目指してテロ行為を繰り返すジェマー・イスラミア(JI)などの過激派組織も一部にあるが、他宗教との共存を目指す穏健派ムスリムが主流であり続けてきた。

     イスラム教育に詳しい名古屋大大学院の西野節男教授によると、60年代、イスラム教徒向けの高等教育機関が国内各地で設立された際、すでに比較宗教や倫理・哲学、社会学などの一般科目が用意されていた。

     西野教授は指摘する。「インドネシアのイスラム教育は独自の発展過程をたどってきた。世界を分断しているイスラム社会と、非イスラム社会との対話の可能性を考えると、これからの世界で重要な役割を担うだろう」(ジャカルタ=矢野英基)

     ■キーワード■

     建国五原則(パンチャシラ) 建国の父とされる初代スカルノ大統領が45年の独立時、国是として憲法で定めた、唯一神信仰、人道主義、民族主義、民主主義、社会主義の原則。パンチャシラには、サンスクリット語で「五つの徳の実践」の意味がある。このうち、唯一神の信仰は第一番の原則として重視し、イスラム教のほかにカトリック、プロテスタント、仏教、ヒンドゥー教を公認した。各宗教の信仰者の人口比率が地域によって大きく違うという多様性から、こうした形がとられたとされる。

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