目と耳に自由に訴え、霊感溢れる自然や都市の風景があり、人の顔や声や仕草があり、物語のある映画がイタリアの名産品として地上に返り咲いてはや十年程になるが、この一年の更なる進化と多様性には、改めて驚かされる。
かの政治大国にあって与党キリスト教民主党に神がかり的に君臨したアンドレオッティ元首相の“類稀なる人生”を、シュールなまでにピカレスクに観せるソレンティーノの超絶的な「イル・ディーヴォ」。カモッラによる組織犯罪が日々の通奏低音と化したナポリの凄まじい顔を、街に生きる者の生活から虚飾も容赦もなく浮かび上がらせたガッローネ渾身の「ゴモラ」。若き二大巨匠の作品はカンヌ映画祭を震撼させた。
サルデーニャ特有の土や風の匂いとゆるやかな時の流れと命の温もりの中で羊飼いの少年の生きざまを見つめるメレウの叙事詩「ソネタウラ−“樹の音”の物語」と、映画芸術の可能性を追求し続けるベンヴェヌーティが、トスカーナの美しい湖畔を舞台に光と影と音楽の風雅な時を現出させる「プッチーニと娘」の、滔々とイタリア的な詩情。
パゾリーニを思わす乾いた寓話風の直観的な語り口で奥アマゾンの悲劇を綴るベキスの「赤い肌の大地」と、ドキュメンタリーやネオレアリズモの持つ観る者の感情をじかに揺さぶる端的な映像言語でマフィアに立ち向かった少女の抗う魂を描いたアメンタの「運命に逆らったシチリアの少女」の感動と衝撃。