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「イタリア映画祭2011」イメージ写真

メッセージ

映画という人生、人生という映画

岡本太郎

人生の書は人の数だけ読み方がある。映画という人生も観る者の数だけ存在し、人生同様、その手応えは演者次第で変化するが、その天地と運命は監督の世界観と意志で色とりどりの夢にも、波乱の生涯にも、苦難の道にも、さまざまな愛のイメージにもなって、観る者を虜にしたり、時に幻滅させる。

たとえば…

マッツァクラーティがトスカーナのやわらかな光のもとで、創造という摩訶不思議な受難にとりつかれた男のファンタジックな想像の旅路を霊妙に、リリカルかつおかしげに映し出した逸品「ラ・パッショーネ」。イタリア統一運動の奔流に身を投じ、翻弄されつつも頑なに信じる道を歩み続けた者たちを描き、マルトーネ演出の真髄と深い余韻が堪能できる「われわれは信じていた」

人生の罠と不条理に挑んでゆく傷だらけの若者の姿を監督のルケッティが正面から見つめ、エリオ・ジェルマーノ入魂の父親像が感動を呼ぶ「ぼくたちの生活」。ミカエラ・ラマッツォッティの魅力が余すことなく注がれた、美しく危うく愛すべき庶民の母親の姿を、喜劇王ヴィルズィが切なく、メランコリックに描出して心震わす「はじめての大切なもの」

食えない社会とどこかに置き去られた愛を、ロベルタ・トッレが軽やかなアイロニーとポップな風刺でしなやかに、情感豊かに料理する「キスを叶えて」。21世紀の幕開けとともに「最後のキス」の超絶的な語り口で時代の寵児となったムッチーノが、その十年後の物語をドラマティックに、シンフォニックに奏でた恋愛群像劇の集大成「もう一度キスを」。昔日のプッリャののどかな農村地帯で、新任の女性教師を迎える静かな目眩のような葛藤の日々と思わぬ運命が、詩的にゆるやかに綴られるジョルジャ・チェチェレ初監督作「初任地にて」

けれども、まったく異なる冒険に踏み入れるのも愉しい。

イタリア映画では久々のアクション・コメディーの絶品、ルーチョ・ペッレグリーニの「星の子どもたち」では、連帯や同胞愛や政治不信という社会派的なテーマがめくるめく展開し、友情や愛や郷愁を巻き込みながら昇華して笑いと涙を誘い、クラウディオ・クペッリーニの優れた映画力が、北欧ドイツの森林地帯で「穏やかな暮らし」を営むセルヴィッロの重厚で宿命感溢れる名演を遺憾なく引き出したノワールでしびれさせてくれる。

では、カステッリットが喜劇に挑んだ「ロバの美」の謎に首を傾げるのも一興だろうか。