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短歌が小説が生まれる2006年01月04日 小島(こじま)ゆかり、49歳。
小島なお、19歳。 ともに歌人の母娘である。 大学1年のなおの歌は、携帯電話から生まれる。例えばある朝、東京都内の駅前にある自転車に、ふっと心ひかれた。電車に乗ると携帯メールに「自転車」と打ち込み、保存する。帰宅後にノートに書いて完成させる。こんな歌だ。 冬の陽(ひ)をまぶしいくらいに反射してりんと冷えおり朝の自転車 (角川書店「短歌」1月号所収) なおは言う。「電車の中でメモ帳を出して短歌を書いてたら、目立っちゃって恥ずかしい。ケータイに打ってると自然でしょ」 母のゆかりは6年前に若山牧水賞を受け、新聞・雑誌の選歌に忙しい。なおは、それを手伝ううちに「私にも作れるかな」。高校3年の秋、新人の登竜門、角川短歌賞に最年少で選ばれた。 多い日には、なおは100通のメールを友だちとかわす。アドレス帳に250人。月の請求が1万円を超すと母が怒る。いつも見守ってくれる母を詠んだ歌がある。 さっきから少し傾きバスを待つ母の真上に雲白く浮く 娘の作品が評価される理由を、母のゆかりはどう見ているのか。「自分の世界に閉じこもりがちな若い世代の中で、のんびり自然などをうたう作風が新鮮なのでは」 ゆかりは、携帯電話やパソコンから短歌を投稿する「うたう☆クラブ」の指導役の一人である。このサイトを運営するのは、昭和初期に創刊された月刊誌「短歌研究」。斎藤茂吉(さいとう・もきち)、与謝野晶子(よさの・あきこ)らが作品を発表し、戦後は寺山修司(てらやま・しゅうじ)がここからデビューした。 編集長押田晶子(おしだ・あきこ)(60)は、「これからの文化はネット、ケータイ抜きには考えられない。若い人が短歌の世界に入る窓口にしたい」と話す。パソコンメールだけでなく携帯メールによる投稿も受け付けを始めたら、10代、20代の応募が急増した。月450首のうち、携帯電話からが8割を占める。 「まだ過渡期だが、歴史を重ねれば、玉石混交の中から宝石が出てくるのでは」と、ゆかり。 書き下ろしの短編小説も、今では携帯電話で読める。6年前、執筆の声がかかったとき、作家谷村志穂(たにむら・しほ)(43)は驚いた。「ケータイで小説を読む人がいるの?」。それが、「黒い天使になりたい」(河出書房新社)にまとまった。 1年前から集英社の「theどくしょ」に書き下ろす。「色」をテーマに毎週1本、400字原稿用紙で8枚ほど。「読者は寝る前に読んで、自分の日常や恋愛と重ねてときめきを感じたり、疑似体験したり。ケータイ文芸はすっかり当たり前になりましたね」 作家阿刀田高(あとうだ・たかし)(70)も、「theどくしょ」の「1000文字文芸」欄の選考委員を務める。04年8月に投稿の募集を始め、約1400点が寄せられた。 阿刀田が「ちゃんとしたショート・ショート」と評するのが、05年10月発表分の最優秀作「お見合い騒動」。自分のお見合いと猫のお見合いを勘違いする筋立てだ。 作者押切優子(おしきり・ゆうこ)(28)は東京に住む派遣社員。「文章を書くのは昔から好き。長い小説はうまく書けないけど、短いのなら」。パソコンでいったん書き上げてから、携帯電話で送った。「プロの物書きになるのが夢です」 阿刀田は言う。「ぼく自身は原稿用紙に鉛筆で書く。携帯電話もめったに使わない。でも、若い人はみんな持ってる。関心をもつ人はケータイ文芸をやってみるだろう。そこに星新一(ほし・しんいち)のような天才が出てくれば、ジャンルとして確立するかもしれない」 今や「ケータイ」という呼び方が定着した携帯電話。文字を書いたり音楽を聴いたり、買い物や旅行のカードとしても使える。4月には、携帯端末向けの地上デジタル放送が始まり、秋には電話会社を変えても番号を変えずにすむようになる。 激変の年の初め、ケータイ文化を担う人々のドラマを追う。
(このシリーズは論説委員・隈元信一、橋本聡が担当します。本文は敬称略)
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