現在位置:asahi.com>ニュース特集>ニッポン人脈記> 記事 体重200キロ 漂える悪魔2007年12月17日14時23分 うす茶色の巨大なクラゲが、定置網の中でひしめく。最大で直径2メートル、体重200キロにもなるエチゼンクラゲだ。
群れになって今年も日本海を北上、津軽海峡から三陸沖に回りこんでいる。巨体の重みで漁網を破り、触手には毒もある。漁師たちは「海の悪魔」と忌み嫌う。 その生態は長くナゾにつつまれてきた。解明に挑むのが広島大教授の上真一(うえ・しんいち)(57)だ。 実家は貧しく、小学生のころはアサリを掘って小遣いにした。地元の広島大にすすみ、プランクトンの研究者になった。 クラゲに本格的にとりくむきっかけは、漁師のひとことだった。90年ごろ、広島県呉市でシラス漁師の谷本悟(たにもと・さとる)(60)と出会う。 「クラゲが増えて困っている。先生、なんとかして」 当時、瀬戸内海で大発生していたのは直径20センチほどのミズクラゲだ。漁網の中はクラゲだらけ。上は谷本の話を聞くまで、漁師たちがそんなに困っているとは知らなかった。「頭をガツンと殴られたような気がした」。学生とともに、1000人を超す漁師から被害を聞きとり、論文にまとめる。 エチゼンクラゲに目を向けるのは02年、日本海で漁業被害がニュースになったときだ。 このクラゲの名づけ親は東京帝大教授岸上鎌吉(きしのうえ・かまきち)。大正時代、標本が福井でとれたのにちなんで「エチゼン」。でも、ほんとうは中国近海からの流れ者だ。漁業被害は青森県だけで20億円をこえた年もある。 対策を立てるには、まず、相手の正体をしっかりつかまなければ。上は人工繁殖にとりくむ。生まれたばかりの赤ちゃんは、たったの2ミリだった。それが、わずか半年で体重100キロを超す。 この世界初の人工繁殖をたすけたのは奥泉和也(おくいずみ・かずや)(43)。農業高校を出て山形県鶴岡市の加茂水族館の飼育係になり、30種近いクラゲの繁殖に成功する。上が相談にいくと、ノウハウをすべて教えた。 「翌年、上先生から、赤ちゃんクラゲを20匹ほどプレゼントされた。『うちで育った子どもです。ぜひ展示に使ってください』と」 ◇ 05年7月。上は対馬の沖合に船を出した。ある朝、学生が船室のドアをたたく。「大変です! 海がクラゲだらけです」。朝日に輝く海面に、キャベツほどのエチゼンクラゲが無数に漂う。上はふと、美しいなと思った。やがて恐怖がこみあげてくる。「この群れが本州に押し寄せたら……」 予感は的中した。クラゲの群れは日本列島をとりかこみ、この年、被害はのべ10万件に達する。 もし日本沿岸で繁殖したら、大変なことになる。翌年、上は写真入りのポスター「お尋ね者 エチゼンクラゲ」を4000枚つくり、全国の漁協に配る。有明海の漁師がクラゲを送ってきた。育ちぶりからみて、日本の沿岸で生まれた可能性があるという。 ◇ エチゼンクラゲの大襲来は、かつて数十年に一度の珍事だった。それが近年、しきりに起きる。なぜだろう? 「中国で開発と汚染が急激に進んだことが関係している」と上。富栄養化でクラゲのえさのプランクトンがふえ、ライバルの魚は乱獲でへった。地球温暖化による海水温の上昇も一因ではないか。 中国の領海に入って調べたい。上は、下関―中国・青島のフェリーに乗り、海面を観察する。クラゲの群れをみつけると、水産総合研究センター日本海区水産研究所の飯泉仁(いいずみ・ひとし)(59)に知らせている。 飯泉はそうした情報をもとに、エチゼンクラゲの出現状況が一目でわかるホームページをつくった。「漁業者が対策をとれるよう、事前に知らせたい」 人の営みは自然を変え、海のバランスをこわしてしまった。上は思う。クラゲの大発生はその「しっぺ返し」にちがいない。 「悪者扱いされているが、クラゲたちは、海からの警告を伝えているだけ。それをきちんと人間の言葉に翻訳するのが、私たち研究者の仕事なんです」 (このシリーズは山本智之が担当します。本文は敬称略) PR情報関連情報 (
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