現在位置:asahi.com>ニュース特集>ニッポン人脈記> 記事 「バブル残骸」頂上の舞台2008年03月31日14時34分 米国のサブプライムローン問題をきっかけにした金融不安が世界をおおう中、主要国のトップが7月、北海道・洞爺湖町の山の頂に勢ぞろいする。サミットの首脳たちが、世界経済についてどんな話し合いをするのか、注目されている。
討議の舞台となる「ザ・ウィンザーホテル洞爺」を運営する窪山哲雄(くぼやま・てつお)(60)。長崎・ハウステンボスのホテル経営を大成功させ、世界に名がとどろいた。石ノ森章太郎(いしのもり・しょうたろう)の漫画「ホテル」の主人公で、テレビドラマでは松方弘樹(まつかた・ひろき)(65)が演じた東堂マネジャーのモデルでもある。 そんな窪山が、ホテルマンとして初めて挫折を味わった場所、それがウィンザーだった。話は96年秋にさかのぼる。 一人の男が窪山をたずねてきた。「頭取の命で来ました。ホテルを救ってほしい」。男は北海道拓殖銀行の幹部だった。 バブル時代に700億円をかけて建てられたホテルの経営は行き詰まっていた。ホテルをつくった不動産のカブトデコムグループに巨額の融資をしていた拓銀にとって、命運をかけた窪山へのお願いだった。 「ほかに頼る人がいない」と拝み倒され、窪山は97年7月、総支配人として再生に取りかかった。ところが4カ月後、その拓銀が経営破綻(はたん)した。 拓銀は、「都銀」の看板に負けない図体(ずうたい)になろうと不動産会社融資にのめりこんだ。それがバブル崩壊で不良債権としてのしかかった末路だった。 拓銀の破綻は、「私が預金している銀行は大丈夫?」と不信の連鎖をよんだ。直後に山一証券がつぶれ、日本は未曽有の金融危機に突入。銀行の再編・整理が繰り返され、いまの3大メガバンク体制に集約していくことになる。 ホテルも閉鎖された。東京に戻った窪山は車を売り、年金を担保に借金してしのいだ。 02年6月、警備会社セコムの支援でホテルが再開された。窪山の方から売り込むと、セコムの創業者、飯田亮(いいだ・まこと)(74)が「北海道を活性化できるなら」と熱意を買い、総支配人に戻した。 窪山は、こまごました部屋をぶち抜いてスイートルームを増やし、フランスの三つ星レストランなどを引っ張った。アジアの富裕層も滞在するリゾートホテルとして生き返らせた。 洞爺湖がサミット候補地の一つになると、窪山は飯田にいった。「必ずうちに来ますよ」 ◇ そもそも窪山を総支配人としてホテルに引っ張り込んだのは、前任の白髪良一(しらが・りょういち)(68)だ。 94年秋、拓銀からたて直しに送り込まれた。法政大出身の白髪は、野球の腕を買われて拓銀に入り、監督として野球部を社会人の強豪チームに育てた。拓銀の中枢「総合企画部」から馬力を買われての出向だったが、惨状に立ちすくんだ。 従業員の気持ちはバラバラで、勤務のルールは守られず。3カ月で7キロやせた。「このホテル、銀行員では再建できない」。白髪は後任探しに走り、みつけたのが窪山だった。 昨年8月、白髪は窪山に「申し訳なかった」と頭を下げた。バブルの「落とし子」を押し付けることになった罪悪感。白髪自身は99年に地元酒造会社の社長になっていた。窪山の返事は温かかった。「サミットで再建の夢がかないましたね」 ◇ 大理石がふんだんに使われたウィンザーは、かつて「バブルの残骸(ざんがい)」と惨めなレッテルをはられた。金融にほんろうされたホテルで、世界の金融が議論される。「運命です。うちは北海道の宝物になった」と窪山。 一方の拓銀。北洋銀行と中央三井信託銀行に事業譲渡され、跡形もない。札幌にあった本店は取り壊され、北洋銀が高層ビルを建設中である。 お金のうねりは、ときには上げ潮となって望外の喜びをもたらし、ときには暴流となって人々の暮らしを覆す。マネー回流が刻んできた物語を追う。 (このシリーズは文を織田一、中島隆、写真を近藤悦朗が担当します。文中は敬称略) PR情報関連情報 (
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