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カモのうんちに宝が潜む

2009年3月5日14時24分

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喜田宏さん(左)と迫田義博さん

写真山西弘一さん

写真長谷川秀樹さん

 今冬のインフルエンザも、ようやく峠を越した。毎年、日本人の10人に1人がかかり、死ぬ人もまれではない。もうすぐ襲う、と世界中が警戒する新型インフルエンザとなると、被害は計り知れない。

 その襲来に備え、30年も前から北大獣医学部教授の喜田宏(きだ・ひろし)(65)は、カモのうんちを集めている。

 喜田は78年、A型インフルエンザウイルスが、カモの腸内に潜むことを発見した。ウイルスがいても、カモは病気にならない。南へ北へ渡りながら、各地にウイルス入りのフンをばらまく運び屋だったのだ。

 新型インフルエンザウイルスは、多種多様なA型ウイルスのどれかが少し姿を変えて誕生する。前もって多様なウイルスを集めておけば、新型が襲ってきてもすぐにワクチンが作れる。フンを集めれば、ウイルスも集まる。そう喜田は考えた。

 秋には猟友会に同行しカモ狩りならぬ「フン狩り」をした。冬にはカモが集う大学の池のほとりでフンを探した。フンからたびたび出てくる種類もあれば、めったにないものもある。おまけを求めて菓子を買い続ける子のように拾い続けた。

 新型をうむA型インフルエンザは、二つのたんぱく質「H」と「N」の組み合わせで、座標のように名が付く。Hは16通り、Nは9通り。16×9=計144の組み合わせがある。

     ◇

 97年、香港で鳥インフルエンザが突然猛威を振るい、人にも感染して6人が死亡した。H5N1という組み合わせだった。世界保健機関は新型インフルエンザの発生を疑い、担当者が喜田に電話してきた。「H5N1の保存ウイルスを分けてください」。この組み合わせを、喜田はまだ手に入れていなかった。

 「半端な収集では、役に立たない」。144種すべてを手に入れるため、フンの採取先をアラスカやシベリアなどカモが夏を過ごす海外にも広げた。どうしても見つけられない種は、すでに入手している種を掛け合わせて自ら作ることにした。

 喜田は研究室に表を張った。横16列縦9列、計144のマス目がある。新たな種を入手するたび、丸印を書き込んだ。

 08年11月、6年生の梶原将大(かじはら・まさひろ)(25)が、喜田の研究室に飛び込んできた。「先生、出来ました!」。最後まで空欄になっていたH16N1が、実験室の鶏卵の中に増えていた。2人は手をとりあってぴょんぴょんはね回った。世界で唯一のA型インフルエンザウイルスの全コレクションが完成した。

 喜田が「右腕」と頼む准教授の迫田義博(さこだ・よしひろ)(39)は、ウイルスをデータベース化し、世界中の研究者がすぐに活用できるよう、今年からインターネットで公開し始めた。

     ◇

 喜田のコレクションの完成を心待ちにしていた一人が山西弘一(やまにし・こういち)(67)だ。大阪府茨木市にある独立行政法人医薬基盤研究所の理事長として、新型インフルエンザ用ワクチン開発の研究責任者を務める。「これで全方位の対策が取れる」

 いま政府は新型登場に備え、H5N1のワクチンを量産している。アジアで鳥から人への感染が頻発し、これが新型に変異するのでは、と警戒するからだ。だが、この型になるとは限らない。つい先週、愛知県でH7N6に感染したウズラが見つかっている。山西は「一つの型に決めつけて備えるのは危うい」と、強く思う。

 山西らの研究は国の重要研究に選ばれた。今年から全く新しいワクチン開発を始める。その一つが、国立感染症研究所室長の長谷川秀樹(はせがわ・ひでき)(41)が手がける「鼻ワクチン」だ。薬液を鼻の穴に一吹きし、侵入しようとするウイルスを撃退する。注射より簡単に使えて、効果は高い。喜田のコレクションがあれば、どんな型が襲来しても、迎え撃つ態勢を整えられる。

 人類が克服できるかに見えた感染症はいま、新たな脅威になっている。うんち集めだけではない。感染症ウオーズにいろんな形で知恵と力を注ぐ人たちを訪ねる。(このシリーズは文を編集委員・中村通子が担当します。文中敬称略)

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