現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. ニッポン人脈記
  5. 記事

妻のにおい 寄り添う夫

2009年10月23日14時20分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

 「芸能界のおしどり夫婦」で知られた俳優の長門裕之(ながと・ひろゆき)(75)は、妻南田洋子(みなみだ・ようこ)の最期に寄り添って泣いた。76歳だった。

 「おれの一番大事なもの。さよならの気持ちをこめて、一生分のキスをした」。涙をこらえながらそう話した。

 南田が認知症であることを長門がテレビの対談番組で初めて告白したのは、連れ添って48年目の昨年10月。翌11月のドキュメンタリー番組では自宅に小型カメラを据え付けて撮った“ありのままの日常”を公開。南田の排泄(はいせつ)行為を長門が介助する様子もそのまま放映した。

 長門はいった。

 「洋子の指のすき間からこぼれ落ちる記憶のかけらをかき集めて、あいつの手のひらに戻してやりたい。でも、落ちる速度が速くて追いつかないんだよ」

 認知症を患う人は現在約200万人。2045年には約380万人に増えると厚労省はみる。認知症患者を家で介護する場合、家族にとりわけ重くのしかかるのが排泄の世話だ。

 04年春。テレビドラマのロケ先の北海道・小樽で、南田が突然、一緒にいた長門に訴えた。

 「どうしてもセリフが覚えられないの。目の前に台本を置いてもいい?」。「セリフを覚えるのがおれたち役者の仕事だろ!」。長門はつい怒鳴ってしまったが、思い返せば1年前のドラマの時も南田は「面倒くさい」といって化粧をしないまま出演したことがあった。

 「何か変だな」。長門はうすうすそう感じながら「単なる老化現象だろう」と思っていた。

    ◇

 その後、南田の病状は静かに進行した。

 ある夜、2人はささいなことから口げんかとなり、南田の剣幕に驚いた長門は「少しは頭を冷やせ」と言い残して家を飛び出した。南田はその後を追いかけたが、寒空にもかかわらずパジャマ姿で、足元は裸足。しかも直前に激しい口論をしたことをすっかり忘れていた。そのただならぬ姿にがくぜんとした長門は「洋子の病気に向き合うしかない」と腹をくくった。

 南田は脳卒中で倒れた長門の父で俳優の沢村国太郎(さわむら・くにたろう)を14年間介護した。おむつの世話もした。だが、その記憶がなくなっていた。今度は長門が南田の手をとり、懸命な介護を続けた。

 ある時、南田の体から便のにおいがすることに気づいた長門が南田を便座に座らせてみると、大便が漏れていた。それをふき取ってから「シャワーを浴びよう」と呼びかけたが、なぜそうする必要があるのか、南田は理解できずじまいだった。

 真夜中に南田が部屋の前に立っていたこともあった。便意をもよおしているのだが、「立ち上がる」という行為と「トイレに行く」という行為が頭の中でうまくつながっていなかった。

 南田は「オッ、トゥッ、トゥッ……」といった独特の声を出すことも多かった。それを見守る長門は思った。

 「自分の中に暗闇が広がっていくようで心細いんだ。だから洋子は声を出してその恐怖と戦っているんじゃないか」

 長い介護の日々を振り返って長門は「後悔の気持ちはない。おれ自身が再生されている感じがする」と話した。

 「『生きていてよかった』と洋子が思えるような、楽しい人生にしてやりたかったんだよ」

    ◇

 排泄は人間が生きる上で最も大切な生理現象だ。大手衛生用品メーカーは昨年、500人以上の男女を対象に意識調査をした。「介護される側になっても最低限自分でしたいことは?」の問いに9割以上が排泄と回答。「介護する側になった時に一番大変なこと」でも6割弱が排泄をあげた。

 だが年を重ねたり病気をしたりしてうまくできなくなる時がくる。その切なさをいえずに苦しむ人の「声なき声」に耳を傾けたい。そう思って排泄と向き合う人たちを訪ね歩いた。

(このシリーズは文を高橋美佐子が担当します。文中敬称略)

PR情報
検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内