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江戸の香り 鬼平に酔う

2011年5月19日15時58分

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写真拡大中村吉右衛門さん

写真拡大梶芽衣子さん

 江戸の香りと世の哀感と。「鬼平犯科帳」は、数あるテレビ時代劇にあって一つの頂を成している。

 江戸の特別警察、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)長官長谷川平蔵(はせがわ・へいぞう)――鬼の平蔵の物語は、何人もの役者が演じてきた。1989年以降は中村吉右衛門(なかむら・きちえもん)(66)、鬼平の極め付きである。ビデオになりDVDになり、人気は衰えない。今も年一回2時間の特別編が作られている。

 鬼平役を引き受ける際、吉右衛門は制作スタッフにひとつ頼みごとをしている。

 「本当にオーソドックスな時代劇にしていただけたらありがたいんです」

 たばこは煙管(きせる)で吸うものだし、江戸っ子は「まっすぐ」と言わず「まっつぐ」と言うものだ。まげのない侍、ひげを生やした町人が出てくる時代劇をテレビで見かけるが、それはおかしい――。歌舞伎役者の吉右衛門、テレビ時代劇でも本当の江戸の姿を大切にしたいと考えた。

 原作は池波正太郎(いけなみ・しょうたろう)の小説で、67年から90年まで「オール読物」に掲載された。以来、大のつくファンが多い。吉右衛門の鬼平役は、池波の指名による。

 チャンバラの見せ場はあるが、それ以上に、男がいい、女がいい、鬼平がいい。

 ある盗賊が、旅の途中で行き倒れた僧を葬り、形見の品を江戸にいる僧の知人――実は鬼平の友人まで届けてやった。聞き及んだ鬼平、朝の膳で妻にこうつぶやく。

 「人間というものは妙な生き物よ。そうは思わぬか、のう久栄。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく」

 吉右衛門が一番好きなせりふである。

    ◇

 鬼平を慕う密偵おまさの役は梶芽衣子(かじ・めいこ)(64)、神田生まれで江戸っ子を自任する。

 鬼平の世界は言葉も街並みも肌になじむという。盗賊を尾行して深川から目黒へ、九段の役宅に戻って鬼平に報告する。おまさのそんな場面では、実際の道のりを思い浮かべて「並みの疲れではない」様子を心がけた。

 それでも、髪結いを「かみゆい」と読んで視聴者から「かみいい、だよ」と言われたことがある。「そう言えば、うちの母は美容院に行くのに『ちょっとかみいいさんに』と言ってたな、と思うわけ」

 近所はみんな顔見知り、出かける時も鍵をかけなかったし、しょうゆを切らせばお隣さんに借りに行く。おまさを演じていると、梶はそんな子どもの頃を思い出す。江戸時代の長屋とは言わないまでも、今よりずっと質素で、さまざま気にかけ合い、何かと支え合って暮らしていた。

 「時代劇は、日本人であることをいろいろな形で表現できる場なんですよ」

 まして鬼平犯科帳、四季の移ろいや旬の食材にも意を用いて、日本人の記憶に触れてくる。

    ◇

 鬼平を演じて22年、吉右衛門に番組長寿の秘訣(ひけつ)を問えば「池波先生の魅力ですよ」。さらり原作者に譲ってみせる。

 江戸の世が終わって140年余、その姿を伝え続けることの難しさも吉右衛門は感じてきた。言葉ひとつ取ってもそうなのだという。まじめを「マジ」と略すのは当時からのことだが、「現代劇の役者さんが言うと今の言葉になっちゃうんです」。

 桜咲く下、掘割を小舟がゆったり行き交えば、夏は風鈴売りに打ち上げ花火、雪降る冬の夜泣きそば――。鬼平犯科帳では毎回、そんな江戸情緒たっぷりの風景が流れて余韻を残す。鬼平と聞けばまず思い出す人も多い不朽のエンディングだ。その撮影は京都近郊で行われている。

 江戸は遠くなった。

 無声映画で人気を博した時代劇は、敗戦で連合国軍総司令部(GHQ)によって一時期禁止され、テレビの時代にまた幾多の作品が生まれてきた。

 剣のさばきに酔うもよし、情の深さに泣くもよし。江戸の昔が今を照らす時代劇、そこに集った人たちに会う。

(本シリーズは文を増田愛子、写真は中井征勝が担当します。本文敬称略)

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