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魂の遺言に向き合う

2011年6月17日14時47分

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写真拡大石牟礼道子さん

写真拡大渡辺京二さん

 3月11日のことだ。

 水俣病患者の苦悩を描いてきた作家、石牟礼道子(いしむれ・みちこ)(84)の熊本市の仕事場に訪問客があった。

 彼女の世話をしている看護師たちが野の花をつんで作った花かごを持ってきたのだ。

 「お誕生日おめでとうございます」

 自分が生まれた日をすっかり忘れていた石牟礼は「今日は世の中何があるかしら」とテレビをつけると、東日本大震災の映像が映し出された。

 壮絶な光景に息をのんだ石牟礼はそれから連日、震災のニュースに目がくぎづけになった。家屋が倒壊した被災者が、自分たちよりも津波にのみこまれた人々やその家族の無念さを思いやり、涙を流す姿を見た。

 「希望がもてない日本だなあと思っていました。でも、東北の人々のことばを聞いていたら、こういう人たちがいらっしゃるのであれば、日本人にも希望がもてるのかもしれないと」

 水俣病問題にかかわって約半世紀。この間、石牟礼はずっと危機感を募らせてきた。

 互いを思いやるきずなが失われ、無機質の巨大なビルが立ち並ぶ都会の姿は、近代文明のなれの果てに見えた。

 そこには生きもののざわめきがなく、何より大地が呼吸をしていない。

 石牟礼は大震災のことを考え続けた。

 「息ができなくなっていた大地が深呼吸をして、はあっと吐き出したのでは。死なせてはいけない無辜(むこ)の民を殺して。文明の大転換期に入ったという気がします」

    ◇

 石牟礼が育ったのは熊本県水俣市。静かで、のどかで、ひそやかな不知火(しらぬい)海のなぎさで遊んだ。近くにはチッソの工場がそびえ立っていた。

 1950年代の半ば、石牟礼はこんな話を耳にした。

 「妙な病気がはやりよっとばい。猫は鼻で逆立ちして、鼻が真っ赤になって」

 胸騒ぎがした。

 当時、海では魚が海面に浮き、魚を食べたカラスが空から落ち、漁師の中には手足が震え、よだれをたらし、うなり声をあげ、死ぬ者もいた。

 水俣で起きていることを書かねばと思った石牟礼は、患者の家を歩いた。苦しんでいるのは10人や20人ではないと直感した。

 患者を描く際は地元のことばで表現した。

 「そうしなければ患者さんの心情は伝わりませんから」

 病院に収容された患者が海の美しさを懐かしむ場面を、石牟礼はこう描いた。

 「わけても魚どんがうつくしか。いそぎんちゃくは菊の花の満開のごたる」

    ◇

 65年、雑誌に原稿を発表していた石牟礼の自宅を渡辺京二(わたなべ・きょうじ)(80)が訪れた。

 渡辺は「熊本風土記」という雑誌の創刊を準備していた。石牟礼の原稿を一読した渡辺は驚き、知り合いの作家上野英信(うえの・ひでのぶ)(故人)が出版社にかけあった。原稿は69年に「苦海(くがい)浄土」という題で出版され、反響を呼んだ。

 だが、水俣市はチッソの企業城下町。企業の影響力が大きく、患者は孤立していた。

 「水俣病はふつうの事故ではなく、緩慢なる毒殺です」

 何とかしなければと思った石牟礼は「もっと多くの人に知らせたい」と訴えた。

 「石牟礼さんの頼みなら」と、渡辺はガリ版刷りの新聞「告発」を出した。以後、石牟礼と共に動き、原稿の清書や資料の整理を今も続ける。

 渡辺自身、石牟礼の作品から示唆を受け、近代を問う作品や論評を書いてきた。

 「何でも一緒にやってきたんだから。こうなったらとことん手伝うしかない」

 石牟礼は水俣病患者と震災の犠牲者の姿を重ねる。

 「亡くなった人たちの魂が伝えようとしている遺言に向き合わなければ、日本は滅びると思います。でも、受けとめて立ち上がった時、今までとは異なる文明が出来上がるのではないでしょうか」

 医療、認定、賠償。水俣病を通して突きつけられた問題に向き合ってきた人々をたずねながら、被害者となった国民、企業、国の関係を見つめ直す旅に出た。(稲野慎)

 (このシリーズは文を稲野、田中啓介、写真をフリー近藤悦朗が担当します。文中敬称略)

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