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2012年6月18日
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未来はてっぺんの先に

写真拡大伊藤雅樹さん。エッフェル塔と=伊藤さん提供

写真拡大松田朋春さん

写真拡大ドローイングパッド

 ことし1月、パリ。伊藤雅樹(いとう・まさき)(38)は、エッフェル塔を見上げた。

 324メートルのてっぺんの先にある空のように、わが社の未来は広がるだろうか。

 東京・浅草から橋で隅田川をこえれば、墨田区は本所。そこに9人がはたらく製本屋、「伊藤バインダリー」がある。常務の伊藤はいずれ、3代目として半世紀あまりの歴史をつぐ。

 真っ白な上質紙でつくった文房具で、これからパリでの展示会に挑む。伊藤は思い出した。この世にうちの会社なんていらない、と卑屈になっていた日々を。

    ◇

 2人の姉をもつ末っ子の伊藤は、水泳、剣道、そろばんと習い事をたくさんさせてもらった。付属の中高から日大へ進み、ジャズバンドで太鼓をたたく。印刷会社ではたらき、27歳で家業にはいる。

 2004年、墨田区が新東京タワーの誘致を表明

 それから3年、伊藤にとって、工場の音が心地よくなっていた。紙を切ったり、とじたりの時に出る、ガッチャンガッチャンだ。

 子どもの頃は、うるさくてたまらなかった。そのガッチャンガッチャンが、10銭、10銭、と売り上げに聞こえてきたのだ。

 でも、次第に音がしない時が増えていく。

 会社は、時計や家電の取り扱い説明書、カタログを仕上げるのが仕事。完全な下請けだ。ネットの普及で印刷物が激減し、一日じゅう音がしないことも。思いは悪い方、悪い方へと向かっていった。

 うちがなくても困る人はいないよなあ。

 隅田川の向こう、浅草は派手でいいなあ。その先にある銀座、渋谷もいいなあ。

 中小零細の後継ぎの勉強会でしかられ、励まされた。

 08年6月、新東京タワーの名称が「東京スカイツリー」に決定

 そのころ、伊藤は社員に呼びかけていた。「月1回、何かあったらいいね会議をしようよ」。みずから商品をつくろう、と考えたのだ。

 ある社員が、紙で小さな下駄(げた)をつくってきた。アクセサリーにしたら売れるか?

 その年の暮れ、伊藤の製本所に、松田朋春(まつだ・ともはる)(48)がやってきた。地場産業を応援しているプランナーだ。区役所の働きかけがあった。

 例の下駄の話を伊藤がすると、松田はきっぱり。「だれも買いません」

 この会社には、紙を裁断して束ねる高い技術がある。それを生かし、シンプルでおしゃれな商品を。そう考えた松田は、いっしょにきたデザイナーらと、メモにもデッサンにも使える「ドローイングパッド」に行き着いた。下にボール紙の台紙があって描きやすく、ミシン目で一枚一枚、かんたんに切り離せる。

    ◇

 09年の師走、おしゃれの街、東京の青山で販売開始。伊藤や社員らは、売れるかどうか、半信半疑だった。

 2日目、会社に「1冊売れた」との報告が。ある社員はニヤリ。ある者は泣いた。

 製品はグッドデザイン賞をとり、販路はニューヨーク近代美術館まで広がる。製本所に、ガッチャンの音もよみがえってきた。

 そして迎えたのが、パリでの展示会だった。手ごたえとともに、フランスでの販売が始まった。でも、ビジネスとしては、まだまだ。二の矢、三の矢を放つべく、松田は伊藤への支援をつづける。

 ことし5月22日、スカイツリー開業

 伊藤は製本所から毎日、少しずつ高くなるツリーを見上げてきた。「僕にとって挑戦のシンボルです」。あの634メートルのてっぺんは、エッフェル塔の2倍の高さがある。未来も2倍だといいですね、伊藤さん。(編集委員・中島隆)

(このシリーズは、文を中島と秦忠弘、写真を伊ケ崎忍が担当します。文中の敬称は略します)

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