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06月20日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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 ドラマや映画で数々の話題作を世に送り出してきた人気脚本家の野木さん。昨年放送の連続ドラマ「獣になれない私たち」もヒットし、第37回向田邦子賞を受賞。その同作台本の全話を一冊にまとめた著書『獣になれない私たちシナリオブック』が423日に発売された。

 「本音にふたをして周りに気を使い、心身をすり減らしながら頑張っている人を描いた作品です。シナリオブックでは制作の裏話や各話の詳細も解説しているので、ドラマと併せて楽しんで頂けたらと思っています」

 野木さんは中学時代、演劇部に所属していた。自分よりもはるかに芝居がうまい子がいて、太刀打ちできないなと思いつつも演劇は好きだったので、高校を卒業したら劇団に入ろうと考えていた。「でも、そのうち裏方に興味が移り、映画監督になろうと思って映画学校へ通いました」。ところが、そこで先生からドキュメンタリー制作会社の面接を勧められ、言われるままに受けてみたらあっさりと合格。そのまま就職することになる。

 「全くの予想外で、成り行きです(笑)。その会社ではリサーチや企画書作成、スケジュール調整、取材やインタビューの書き起こしをしたり、ADとして現場で動き回って雑用をこなしたりと、人が少なかったのでとにかく何でもやりました」。海外ロケもあって勉強になることは多かったけれど、現場の仕事が、やればやるほど自分には向いていないなと感じたという。

 「瞬発力が乏しく、現場で器用に立ち回れないんです。ドキュメンタリーの仕事を8年続けましたが、後半はかなりしんどくなっていました」。ただ、原稿作成や編集作業は好きだった。そんな時「そもそも私はフィクションをやりたかった」と思い出し、これから映画やドラマに関わっていくには脚本を書くしかないと一念発起、それまでの仕事は辞めることにした。

 脚本家になろうと決意した野木さんは、まず登竜門の一つであるフジテレビヤングシナリオ大賞での入賞を目指す。山ほどのアルバイトや派遣社員として働きながら、昼休みと夜にひたすら脚本を書き続け、毎年のように応募した。「35歳までに入賞できなかったらもう後はないと不退転の覚悟で臨みました」。結果、6年目にしてついに大賞に輝く。

 夢が破れたり、自分の意思とは違う道を歩んだりしても、その経験を糧に野木さんは前へと進んだ。そして最終的には「脚本家になる」という目標を見つけ、達成。「興味があること、与えられたことにはまず挑戦してみる。それが思いと違うものだったとしても、案外そこから新たな道って見つかるものです」

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