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11月18日朝日新聞デジタル朝刊記事一覧へ(朝5時更新)

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 2011年、若者像を的確に捉えた評論『絶望の国の幸福な若者たち』で高く評価された社会学者の古市さん。初の小説『平成くん、さようなら』を昨年刊行し、今年6月には小説の単行本2作目『百の夜は跳ねて』を発売。第1作に続いて芥川賞候補になった話題作だ。就職活動に失敗した後、窓ガラス清掃の仕事に就いた青年と、タワーマンションに暮らす老女との奇妙な交流が描かれた青春小説。

 「平成から令和へと移りゆく今の時代を生きる青年が、老婆と出会うことで目線が変わり、この世界もまんざら悪くないと気づいていく物語です」。古市さんはこの主人公の青年の成長に自身の心境の変化を重ねたという。「今、僕がここに居るのは幾つもの選択の積み重ねで、もし一つでも選択が違っていたら全然違う人生を送っていた可能性はある。では、ここに居ない自分は何をしていたのか。それは知る由もないですが、そんなもしもの自分を想像しながら書きました」

 実際の古市さんは、高校卒業後に慶應義塾大学環境情報学部へAO入試で進学。当初は建築やデザインの授業を取っていたが、2年の時、授業を受けたのをきっかけに社会学への興味を持ち始める。「僕の社会に対する違和感を見事に言語化してくれたという爽快感がありました。常識を半分疑ってかかるような学問、というところにも魅力を感じましたね」

 だからと言って、社会学者になろうと思ったわけではない。そもそも将来の夢などなかったと語る。「3年からノルウェーに留学しましたが、それも一般企業への就活を避けるため。毎朝同じ会社に通うのは性に合わないと思っていました。帰国後、大学の先生の勧めで東京大学大学院へ進学しましたが、その前から大学の仲間に誘われるまま起業をしたりしていました」

 院生時代、世界を船で巡るピースボートに参加する機会を得て様々な経験をし、せっかくだからと言われて修士論文にまとめたら書籍化された。「それを機に社会学者と呼ばれるようになった、という感じです。僕自身はこの肩書に全くこだわっていません」

 最近は執筆活動やメディア出演、講演会など様々な仕事を精力的にこなしている。「基本的には受け身で、勧められたことをやってきているだけ。ただ、職業を一つに絞りたくないという考えはあります。収入源が一つというのは非常にリスキーで、それがダメになった時が怖いので。そのため、できるだけ自分の居場所をたくさん持つようにしています。複数の場所に身を置くことで、むしろ自由に好きなことができると思うんです」

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