都合の悪いことは全部ハケンのせい。面倒なことは全部ハケンに任せた……。
ハケンなど非正規雇用者が直面する理不尽。大前春子並みに言ってやります!(AERA編集部 木村恵子)
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初日、専用机なしの部屋に通された。専用パソコンも会社用のメールアドレスもなし。担当の40代正社員男性は言った。
「やり方は任せるから、自由にやって」
小売り大手の薬局チェーン本社に、昨年10月に派遣された女性(35)は唖然とした。パートなど従業員約2000人分の年末調整を処理するのが仕事。かつて税理士事務所で働いた経験を買われてのことだった。
●価格上がるんだよ
さっそくパート女性から苦情電話がかかってきた。いくら税務知識があるとはいえ、この会社の仕組みは分からないので、正社員に代わって対応してもらうように頼むと、
「そんなの突っぱねろよ」
代わろうとしない。適当に対応して苦情をもみ消すのも仕事の一つだった。そもそも、この正社員には税務知識がまるでなく、従業員から次々に来る問い合わせはすべて彼女が対応。契約上1時間の昼休みを30分に短縮したが、午後9時まで残業する日もあった。すると正社員男性は嫌みくさく、電卓を叩く真似をしながら言った。
「効率が悪いから残業しないとだめなんだろ。あんたの価格上がっちゃうんだよ」
時給1600円で午後5時までの契約。残業代はコスト増だと言いたかったようだ。
「全然働かない正社員に虫けらのように扱われて、面倒な仕事は全部押しつけられる。この会社のために働こうなんて気持ちは更々起きませんでした」
2週間で辞めた。
それなら正社員に、と思っても簡単ではない。大学卒業後に税理士事務所で4年間働いた後、一般企業へ転職を試みたが、不況で正社員就職ができず、やむなく派遣を繰り返しているのだ。
雇用者に占める非正規の割合は90年代前半では20%ほどだったが、2006年には33%に。特に女性は53%が非正規で、男性の18%に比べると格段に多い。
最近は業務の中核を担う人も出てきたが、非正規雇用者に対する企業側の理不尽な対応は変わらない。昨年10月に消費期限偽装が発覚した「船場吉兆」。
「パートの女性が仕入れや在庫の管理ができず、余った商品を売り切ろうとしたのだと思う」
取締役はそう言って、偽装の責任をパートになすりつけようとした。パート女性側が会見を開き、取締役らから指示されたと証言したことで、会社ぐるみの不正が次々に明らかになった。
●命の重さの差に憤り
しかし実際は、雇用が不安定な非正規雇用者が会社に立ち向かうのは難しい。昨年話題になったドラマ「ハケンの品格」では、数々の資格を持ち正社員顔負けのスキルを身につけた篠原涼子演じるスーパーハケン大前春子が、正社員に「ハケンの言い分」を言い放ったが、現実ではそうはいかない。
契約社員や派遣社員を繰り返してきた名古屋市の女性(32)もそう。ホテルの契約社員だった時、自家用車で通勤している途中に追突事故に遭った。1週間の入院後、首にサポーターを巻いて職場復帰したところ、上司が開口一番言った。
「まさか労災認定なんて考えてないだろうね」
体調を気遣う言葉もないのか。もともと労災申請するつもりはなかったが、数日後たまたま正社員の男性が通勤中交通事故に遭い、労災認定が下りたのを知った時には腹が立った。
「命の重さに差があるような気さえして、気分が悪かった」
憤慨するが、会社には何も言えなかった。給与を左右する勤務シフトは正社員のさじ加減一つ。人間関係を悪くしてシフトに入れなくなったら、生活できないと思ったからだ。
調べてみると、通勤中の事故は労災の対象で、非正規雇用でも労働基準監督署に申請して労災が認められたケースが過去にはあった。だがそういう当然の権利さえ主張することは難しい。
●ミスの濡れ衣でクビ
派遣する側も理不尽さは承知している。人材派遣会社の正社員の女性(34)も、おかしいと感じる現場を数々見てきた。
専門商社に派遣した女性が、ミスが多いので契約更新なしと言われて首を切られた。その女性に聞くと、元々正社員から渡されたデータが間違っていて、作った会議資料に誤植があったのに、間違いは彼女のせいにされたという。異論はどうせ聞き入れられないので口をつぐんだ。
「特に対外的にトラブルがあった場合、『責任を取りました』という体裁を整えるため、派遣の首を切るケースは多いです」
と派遣会社女性。船場吉兆だけじゃない。問題を非正社員になすりつける例は横行している。
正社員のセクハラの対象になるケースもある。大手メーカーに派遣された20代女性は、正社員から飲みに誘われ、仕事の話かと思って参加したら、交際を迫られたという。断ったら正社員が逆ギレ。次の日から会社で彼女のやることなすことに文句をつけて退社に追い込み、彼女は男性恐怖症に陥って引きこもり気味になってしまったという。
「辞めてもらえばそれで済むという安易な考え方が、モラル低下を招いているとしか思えません」(派遣会社の女性)
そもそもの問題は、雇い主は派遣会社なのに、働く先は派遣先の会社という「間接雇用」にあると、派遣ユニオンの関根秀一郎書記長は訴える。中でも、最も労働者の権利が阻害される「日雇い派遣」の禁止は、この春闘の大きなテーマだ。
「短期的にしか関わらない労働者は長持ちしなくてもいいから、会社は使い捨てにする。有期間接雇用の常態化を解消しなければ根本的解決にはならない」
非正規雇用者に任せる仕事の範囲が、度を超える実態もはびこっていると指摘する。例えば、昨年43年ぶりに行われた全国学力調査の採点を担当したのは、グッドウィルなどの人材派遣会社を通して集められた派遣だったという。十分な研修もなく大混乱したことが、昨年6月の新聞でも報じられた。高度な個人情報を扱う病院のカルテ整理や、アスベストむき出しの建築現場にも派遣が送り込まれる。
●商品企画もプレゼンも
大手電機メーカーの渉外部門で派遣で働く女性(32)も、主要業務はほとんど派遣が担っていると言う。商品企画や販売店へのプレゼンなど、正社員と変わらず担当し、出張もある。
「やり甲斐はあるけど、正社員だけがもらえるボーナス時期は、どうも腑に落ちません」
転勤も異動もある正社員より、長く一部署にいることが多い非正社員は、社員教育の担い手。新入社員には帰国子女も多く、日本語でのメールの書き方、敬語の使い方などを教える。
「やっと教え込んだと思ったら、外資に転職していく正社員も多く、ますます高給取りになると思うとさらに腹が立ちます」
●団塊派遣との対立
派遣社員の実態を描いた『派遣のリアル』の著者、門倉貴史さんは言う。
「働きに見合う評価や対価が得られない働き方は、短期的には人件費コストの圧縮になるが、長期的には生産性やサービスの質の低下に繋がってしまう。会社はそこに気づかないと」
最も理不尽さを凝縮して味わっているのが、20代30代の不況世代のハケンだという。そのロスジェネ世代のハケンの敵なのが、団塊世代のリタイア組。パート・派遣市場に入り込み、生活のためではなく、ボケ防止やお小遣い稼ぎのために働く。
「気楽なリタイア組はそこまでの収入を求めないので、賃金の下落圧力になっている。若い世代の非正規雇用者はその収入で家族を支え、生活をしていかなければならず、世代間闘争になっているとも言える」
関西地方の食品会社でアルバイトで働く男性(26)は、時給1000円で募集されていたのに、実際は900円しかもらえていない。上司に文句を言ったが、無視されている。
「友達で結婚しているのは公務員だけ。生活保護以下の収入で、結婚なんて考えられません」
ただ、人事管理に詳しい東京大学の佐藤博樹教授は、共著『不安定雇用という虚像』の中で、非正社員は「余暇が持てる」などの理由で、仕事の満足度が8割に達しているというリクルートワークスの調査結果を挙げ、こう指摘する。
「正社員は転勤もあり、残業も非正社員の比ではない。非正社員に比べれば雇用が安定しているというだけで、みんながそういう働き方を望むわけではない。正社員、非正社員を対立軸で見るのではなく、それぞれの働き方のメリットを生かしながらデメリットを解消し、両者共にワークライフバランスが取れる働き方を確立する必要がある」
■非正規雇用を巡るできごと
2006年春 ・連合がはじめて「パート共闘会議」を立ち上げ、パートの待遇改善を春闘に盛り込む
8月 ・偽装請負の問題が大手企業などで次々と発覚
07年 8月 ・港湾や建設現場への違法派遣を繰り返した日雇い派遣大手フルキャストが1〜2カ月の事業停止命令を受ける
・日雇い派遣大手グッドウィルが「データ装備費」として給料から不正に天引きをしていたとして、グッドウィルユニオンの組合員が返還を求め提訴
11月 ・船場吉兆の消費期限偽装問題で、経営者側が「パートの独断」と責任をなすりつけていたことに対して、パート女性が「取締役から偽装の指示があった」と反論会見
08年 1月 ・グッドウィルが違法派遣を繰り返したとして、厚生労働省から最大4カ月の事業停止命令
・厚労省が日雇い派遣規制を強める指針案をまとめる。だが、労働者側が求める労働者派遣法改正による規制強化は、規制緩和を求める経営者側との対立で先送り