メタボで何が悪い?なんて開き直っているそこのあなた。サラリーマンの世界では、「メタボ包囲網」がすぐ近くまで迫ってきているようですよ。 (AERA編集部 常井健一、野村美絵)
誰もが知る急成長企業で、敏腕営業マンとして鳴らすヨシタカさん(26)は、息を切らして20分遅れで現れた。席に着くなり名刺と一緒に差し出したのは5枚の写真。
よくある大学生活のスナップだ。上目遣いにジョッキを傾ける被写体は、ひ弱キャラで売るお笑い芸人にも見えてくる。
すると、彼はしたり顔で、
「独自の営業ツールっす」
そう言って席を立った瞬間、精悍な顔立ちにそぐわぬ豊かな下っ腹が見えた。メタボだ。
聞けば、大学で70キロだった体重は入社以来、右肩上がりで伸び、4年目で100キロの大台を超えた。日付が変わるころまでオフィスに居残る毎日。週4回は懇親と相談を兼ねて、同僚や顧客と深夜の街に繰り出す。
●汗、長髪、悩みはタブー
入社1年後の健診で肝機能、中性脂肪の2項目が再検査になった。会う人に「太った」と言われる。だが、営業先での評価はガラリと変わった。真剣に話を聴けば「包容力がある」、笑えば「安心できる」、謝れば「誠意がある」の三方よし。
まさに災い転じて福となす。前述の営業ツールの効果もあってか、同期で昇進トップとなり、給料面でも「大台超え」が視野に入ってきた。
社内を歩けば、男女問わず、ふくよかな背中をたたいてくる。厳しく指導しても、ドロップアウトする後輩はいない。
「おデブは常識内なら何やっても許せてしまうイメージって世間にありますよね。それを仕事に生かせば職場は明るくなる」
ただ、メタボライフの難しさは知悉しているつもりだ。ウケるのは清潔感あってこそ。汗、長髪、悩みはタブー。それらを見せれば、メタボは逆効果になる。神通力が続くのは三十路までと自分に言い聞かせている。
「メタボな上司と一緒に働くのは正直苦手ですから」
一方、昨年までファストフード店を手掛ける新興企業の人事部長だったブンタさん(35)は、がっちりしたプロレスラー体形。「メタボは採用しにくい」とズバリ言い切る。
数年前、業界最大手の20年選手を引き抜いた。巨大ハンバーガー並みのスーパーサイズ。従来の美人・イケメン揃いの「おしゃれ路線」とはかけ離れていたが、豊かな経験を買った。
だが、彼の入社から間もなくして、スタッフが悲鳴を上げた。
「動きづらいんですけど」
厨房を彼一人歩くだけでも、作業効率が落ちた。彼の指摘は、若いスタッフを萎縮させる。会話が成り立たない。彼に接客させようとしない異様な連係プレーさえ現場で見られる。
●美意識を共有できるか
この人事は失敗だったと、ブンタさんは素直に認める。
「社内で感覚を共有しているスタッフは『自分も会社の一部』と思って日々、自己管理している。そういう社員が多ければ、ブランド力も強くなる。メタボであるかどうか以前に大切だったのは、彼がウチの『美意識』と合うかどうか、でした」
スタッフの「美意識」が徹底しているブランド企業として、手本にしているのは「スターバックス」だ。だが、ブンタさんの会社でも店舗数が増えるにつれて、従業員の「質」の確保が難しくなった。
「スタッフのメタボ比率が高い飲食チェーンは明らかに無理をしている。業績や人事に課題を抱えている、と言っても言い過ぎではありません」
サービス業で、新卒採用担当社員に就職活動時期前のダイエットを促す会社は少なくない。ブンタさん自身、「行列のできる」競合他社からの転職の誘いを断ったことがあるが、理由は人事部長がメタボだったから。会った瞬間、「自分には合わない会社」と悟ったという。
●プレゼンタブルな人材
外資系企業に管理職を紹介しているヘッドハンターの小松俊明さんによれば、「メタボ先進国」の米国でも、太っていることを理由に人事面で制約を与えたり、検査や対策を課したりすることはタブー視されている。その代わり、ある基準を用いて採用選考で未然に「防止」するのだという。
「優秀な人材を見極める時には『プレゼンタブル』かどうかが問われる。つまり、『人前に出しても大丈夫か』。それを追求する姿勢の持ち主が、企業から好まれるのです」
外資系では金融業界が代表例。幹部のメタボ率は低い。自ら広告塔を担い、マラソン出場などの健康的な「武勇伝」を語る。「ソニー出井社長」が登場した1995年あたりから、日本の名門企業でも「重長厚大」体形の経営者が表舞台から消えた。
小松さんは相談者がたとえ小太りでも、身だしなみを整えるよう促すという。
もはやメタボは出世できないのか。大阪大学の研究によれば、低所得者と高所得者のBMI(体格指数)が高く、中間層が低い。現時点ではメタボと出世の関係は見えにくい。ただし、メタボ健診の開始で仕事のできる高所得者からやせていけば、「高BMIは低所得」の米国型に変わる可能性はある。
少数でもメタボ社員がいれば、全社で連帯責任を負うのがメタボ健診の仕組みだ。5年後に「成績」が悪ければ、健保組合が後期高齢者医療制度に拠出する支援金は増額される。それは、保険料の値上げにもつながる。
メタボ健診の法定対象年齢(40〜74歳)を引き下げて、「予備群」も監視の対象とする企業も現れた。トヨタ自動車は36歳から、NECは30歳からに設定している。
サンスターでは昨年からメタボ社員を、「心身健康道場」なる施設に強制入所させている。2泊3日の合宿で山歩きや座禅を課し、低カロリー食で生活改善を促す。初年度の参加者は100人にのぼった。
特に接待が多かったり、不規則な勤務を強いられたりする業界は、戦々恐々としている。ある大手企業の健保職員はあきらめ気味に、こうもらす。
「成果が期待できないメタボ対策のため他の予算を削減するぐらいなら、おとなしく『罰金』だけ払ったほうが安いのでは?このままでは対策費が保険料で賄えず、統廃合せざるを得ない組合も出るのではないか」
●女店長メタボ化の法則
前出の大阪大学の研究メンバー、池田新介教授(経済学)は指摘する。
「メタボが本当に問題なら、コスト上昇分はメタボ本人に転嫁するのが経済学的には望ましいでしょう」
もはやメタボはエコやうつのように、会社の将来を揺るがす経営リスクなのだ。
あるカジュアル衣料品チェーンの店長は2割弱が女性。社員の間にはこんな法則がある。
「女店長はみなメタボになる」
入社7〜8年目。お年ごろの彼女らは出世と引き換えに激務とストレス太りを受け入れる。それを克服できる女性が「勝ち組」になるという皮肉がある。
ちなみにその店には「メンズ」が少ない。「ユニセックス」とすれば、メタボの女性客に大きめの服を薦めやすいからだ。
繁盛店を任された女性店長は、
「抵抗なく買ってくれるけど、薦めるたびに我が身を振り返る。私もこのまま戻らなくなっちゃうんじゃないかって。会社は助けてはくれない」
会社で追い込まれたメタボ社員に救いはないのか。
立教大の学生サークル「ジャーナリズム研究会」は今月、新入生を迎えて討論会を開いた。参加者約30人の親は40〜50代。テーマは「メタボが犯罪になる日」だった。
若い世代の将来的な負担増を懸念する「正論」が多いなか、ある女子学生はこんな話をした。
「ウチの父は甘い物を食べてストレスを発散している。体は大事にして欲しいけど、私たちのために忙しく働いてくれるのだから、責めないであげたい」
(文中カタカナ名は仮名)