残業大好きで、会社が命で、過去の武勇伝が酒の肴……。こんな時代錯誤な上司が、まだまだ生息している。仕事の効率化やワークライフバランスが求められる今。こんな上司たちをどう変革すればいいのか。(AERA編集部 木村恵子)
夜の10時を回ったころだった。喫煙ルームから戻ってきた次長(52)が、職場に残っている部下を見渡して言った。
「じゃあ、始めるぞ、会議」
ここから延々、終電のころまで、堂々巡りの話し合いや報告書づくりが続いた。この上司が出張や社外での飲み会でいない時以外は、ほとんどこの調子だ。こんな「惨状」を訴えるのは、都内の大手メーカー勤務の女性(31)。
「この上司も管理職研修で、残業を減らす指導を受けているはずなんですが……。これまで会社人間一筋でやってきたから今更変われないし、部下にも自分と同じ働き方をさせないと気がすまないんでしょうね」
直属の部下からは評判が悪くとも、会社ではデキル人と評価されている。経営に携わる重要ポストに就き、バブル期は大型案件をバンバン手がけてきた。だから、自分のやり方が絶対だと信じて疑わない。
メールで報告して、チーム内で意識を共有しておけばすむような事案の場合でも、「メールなんて読み飛ばしたら終わりだ。口頭で報告しないと駄目だ」と、部下を居残らせる。
「打ち合わせっていうものは、思いついた時にすぐにやらないといけない」も口癖で、何時であろうと招集がかかる。効率的に時間を使うという意識が全くない。
●制度優れた会社なのに
彼女が会議の議事録をつくるように言われた時も、ポイントを要約して提出したら、「会議の空気まで伝わってくるように、一言一句丁寧にメモにしないと駄目だ」と一喝された。一体、誰が一言一句なんて読み返す暇があるのだろうか、と疑問に思いながらも、威圧感たっぷりの命令に逆らえなかった。
いや、もしかしたら、この上司なら一言一句まで読むのかもしれない。それほど会社が好きで、デスクに居座っているのだ。それもそのはず。この上司、平日は会社近くのホテル住まい。心置きなく会社に居続けられるのもそのためだ。仕事人間がたたって家庭は崩壊。自宅に居場所がないのだと、飲み会でおどけてしゃべっていた。
こんな上司に付き合っていたら身が持たないと思いつつも、評価者なので誰も逆らえず、部署のメンバーみんなが慢性的に長時間残業しなければならない状態だという。
驚くことに、実はこのメーカーは「ワークライフバランス」面で優れた会社として、頻繁にマスコミで取り上げられる超有名企業だ。だが、いくら会社のスローガンが立派で、ノー残業制度や手厚い産休・育休制度が整っていても、現場の上司が時代遅れの「昭和的価値観」で部下を縛っている部署では、「ワークライフアンバランス」な状態が蔓延しているのだ。
●中長期的になれない
このような上司を「粘土上司」と名付けたのは、富士通総研主任研究員の渥美由喜さん。今の時代、働きやすい環境を整えなければいい人材は集まらないし、仕事を効率化して生産性を上げなければ激しい企業間競争に生き残れないのは、経営者の常識。しかし、現場の部課長レベルの粘土層が新しい価値観の浸透を妨げているのだという。
「部課長レベルは短期的に結果を出すことに必死で、働きやすい環境が中長期的に見れば企業の業績を伸ばすという視点に立てない。粘土層にはエース上司も多く、成功体験があるだけに、自分のやり方が時代に合わないとはなかなか認められない」
映画会社に勤める女性(27)も、50代の粘土部長に悩まされている。3月にあった面談で、経費精算の書類を見ながら言われた一言に驚いた。
「もっと渉外費を使って、取引先と飲みに行けよ」
会社の経費で取引先を接待して、優遇してもらえという時代錯誤なやり方を押しつけてきたのだ。彼女は、今の時代には通用しないと痛感している。プレゼン力や企画力が大事で、そのためにはコンサートに行ったり本を読んだり、感覚を磨かねばならない。仕事以外の時間をいかに捻出するかが、いい仕事にも繋がると思っている。
だが、粘土部長には全く通じない。先日も、取引先との飲み会に夜中零時まで付き合わされた。さすがに「もう一軒」の声は無視して帰ったら、翌日ネチネチ文句を言われた。
この部長の下では私生活も台無しだ。約40人の部員の4割は女性。会社には育休制度があるが、この部署で取るのは事実上無理だと諦めている。そもそも仕事漬けで大半が独身。既婚者2人も、出産したら、仕事を続けられないのが暗黙の了解だ。
●ひたすらワード上司
建設会社勤務の営業の男性(41)の場合、「二層」粘土上司だ。一人は、前出の上司と同じようなエース型。
「俺と飲めないヤツは会社にいらない」と豪語。週2のペースで、部下を引き連れ、飲み屋に繰り出し、いかに自分がいい仕事をしてきたかを延々と話す、定年間際で50代後半の執行役員だ。
加えて、その下にもう一層「卑屈上司」が粘土化している。執行役員と同期だが、そこまで出世できなかった部長。とにかくデータを集めることが大好きで、デスクに座ってひたすらワードで資料づくり。
「部下にも指示するが、一体その資料づくりが、契約を取るという最終目的にどうやって繋がるかを示されないから意味がわからない。ただ、漫然と時間をつぶしているとしか思えない」
顧客への連絡ミスがあり、早急な対応が必要になったことがあった。外出中の部長に代わり、この男性が直接連絡したら、部長から厳重注意された。緊急時にも、自分がまず報告を受けるという原則論が大事で、自分をスルーしたことに怒ったのだ。
「形骸的な資料づくりや報告に必死だから、部下は仕事が増えるんです」
●評価者に逆らえない
だが、無駄とわかっていてもやっぱり上司には逆らえない。特にこの「評価時代」には。ハウスメーカー勤務の男性(38)は地域のボランティア活動に加わり、多いときは週2回ほど夜7〜9時まで外出する。だがその後、必ず会社へ。居残っている上司に報告がてら、顔を見せに行かなければという暗黙のルールがあるからだ。
「慢性的に夜10時、11時ごろまでみんな会社にいるので、自分だけ直帰できるという雰囲気ではありません」
そもそもボランティアについて、会社には内緒だ。どんなに意味がある活動でも、「仕事もしないで何してる」という目で見られることが予想されるから。職場には成果主義が導入され、評価は上司のさじ加減ひとつで決まる。営業成績が悪かった場合に、原因を社外活動と結び付けられる恐れがあるのだという。
こんな粘土上司がはびこることを助長する状況もあると、労働問題に詳しい武石恵美子法政大教授は指摘する。
「裁量労働制の導入により、働いた時間と給与が必ずしもリンクしない。そのため、会社側にとって時間外労働のコストを削減する制度とみなされるケースもある。時間にとらわれない働き方にするために導入された制度が、むしろ長時間労働を助長する実態もある」
長時間労働による過労が引き起こすうつ病や過労死は深刻だ。厚生労働省によると、2006年度の過労自殺は前年度比1.6倍の66人で過去最多、過労による労災認定は355人に達した。心の病で労災認定を受けた人のうち、30代は突出して多く4割。粘土上司に悩まされる部下層だ。
企業はこの問題をどうにか解決しようとノー残業デー、フレックスタイム制、男性の育休取得推進、育休の3年延長……、制度の整備だけは進む。でも、実態としては利用が進まない。『会社人間が会社をつぶす』の著者、パク・ジョアン・スックチャさんは言う。
「意識改革を進めないと、制度はあれど使えないのが現状。今必要なのは、育休などある一定時期だけの充実した制度よりも、普段から仕事以外の生活も充実させ責任も果たしながらキャリアを追求できる働き方です」
●上司を個別に改善
職場の“悪の権化”みたいな粘土上司。彼らと同世代の元銀行支店長で作家、江上剛さん(54)は気持ちをこう代弁する。
「上司層は家庭も捨てて一生懸命働いて、会社も成長したし出世もした。そういう時代だったし、そうやって働くしかなかった。それが急に時代が変わって、部下は『仕事より家庭だ』と言う。そんなこと言ってる暇があったら働けよと思ってしまう。急に変われと言われても、自己否定までして変われない」
こんな粘土上司を溶かし、働きやすい職場環境をつくることはできるのだろうか。
様々な企業でコンサルタントをする前出の渥美さんは、ここ1、2年は制度構築よりも、粘土上司を抽出し、個別に価値観を変えていく「テーラーメード型」の助言を求められるという。
ある企業では、飲み会で部下に、武勇伝三昧のエース上司に、
「その話を数人だけに聞かせるのはもったいないので、ぜひ会社のイントラネットでブログを書いてください。家でじっくり書くといいですよ」
と勧めた。元々仕事のできる人なので、ブログもすぐに人気に。すると、さらにおもしろくブログを書こうと、自然と早い帰宅が日課になったという。
別の企業のある部署では、残業続きの上司のせいで、部下のストレスがたまり作業効率が落ちて問題になっていた。そこで、この上司が尊敬する会長からアドバイスしてもらった。
●会長使ってカイゼン
「長く働いてほしいから、自分の健康も考えて、持続可能な働き方にしてほしい」
万歩計も一緒にプレゼントすると、早く帰って毎日歩くようになったという。ほかにも、娘がいる人には、今の若い世代が共働き家庭で働く大変さを伝えたり、親の介護が控えている人には、介護の苦悩を切々と説いたりした。
上司カイゼンに取り組んでいる企業もある。Jパワーでは、育休を取った女性へのヒアリングや、従業員意識調査で、「制度より日頃から時間に対する意識がほしい」との声が圧倒的だったことから、管理職に対してタイムマネジメント研修を導入。今年度から、時間外労働時間を削減する数値目標とそのプロセスを、各部署が経営会議に提出するようにした。さらにその成果を3カ月ごとに各部署にフィードバックする。
とは言え、最初は強制的な意識付けも必要と考え、本店では第2、第4金曜日を「カエルデー」に設定。19時で照明や空調の電源をオフ、エレベーターも1台のみの運転にして、帰宅を促しているという。
NTTドコモの法人営業本部では、働き方を見直すことを社員同士で考える組織を作った。会社全体の取り組みは、どうしても女性の育児支援が中心になるので、属性にとらわれない働きやすさを追求するためだ。
社内のイントラネットに「にんげん図鑑」というページを設け、社員の仕事とプライベートな面も紹介。普段は仕事一筋で厳しい部長が家庭菜園をしている話や、仕事を効率的にやって休暇を生みだし世界一周旅行した人の話も取り上げた。「パパヂカラ養成」も力を入れる活動で、3月には父親の意識を問う「パパ検定」を団体受検。子育てをする部下の気持ちを知るために受検した管理職もいた。
管理職にタイムマネジメントの研修をする『見える化で社員の力を引き出すタイムマネジメント』の著者、行本明説さんは、こうアドバイスする。
「管理職は部下のレベルを的確に判断し、仕事の目的を明確化し、真意が伝わるコミュニケーション力を持たなければ。あいまいな指示のまま『気合でやれ』が日本企業にはまだ多いが、それではストレス度が増し、無駄な仕事が増えてしまう」
職場では意識改革への取り組みや研修など様々な試行錯誤が続く。ただ、何より必要なのは、上司が「脱・昭和」することだ。