南部靖之さんは、まだ大学に在学中の35年前、後にパソナグループとなる人材派遣会社を創業しました。男性が終身雇用制度で守られている一方で、多くの働きたい女性の思いが切り捨てられていることに憤りを感じたからです。以来、多様な働き方を提案してきた南部さんが、起業家の道を選んだいきさつから、就職難の時代を生きる若者へのアドバイスまで、縦横無尽に語ってくれました。
――起業の経緯からお聞かせください
僕の就職活動は、初めのうちは順調で、早々と商社に決まっていたんです。ところが、その会社が不動産で失敗したらしく、銀行の管理下に。4回生の夏のことで、あわてて就職活動を再開しましたが、何社受けてもダメ。焦っていたら、おやじが「働くこと、社会人になることはどういうことか、お前は知っているか」と聞くんですよ。「卒業=就職」と答えたら、「就職も一つの選択肢だが、山に入って木こりになるのもいいし、青年海外協力隊に入ってボランティア活動に打ち込むのもいい、画家になるのもいい。働くことは自分の才能、能力をみんなに知ってもらう方法であって、大学は、そのための表現方法を養う場だ」と。大学の教授もクラスメートもその親も、みんな大企業に就職するのが社会人として一番の成功だと思っているのに、驚きますよね(笑)。
――強い信念をお持ちのお父さんですね
両親には感謝していますよ。幼い頃、トイレの汲み取り屋さんを見て「臭い」と言ったら、母親にめちゃくちゃ叱られ、「謝りなさい!」。テストの点数が悪くても叱られたことがないのに、職業に貴賎はないとか、人をいじめてはいけないとか、生き方の基本、正義に関わることでは非常に厳しかった。おやじは卒業前の僕に2つの言葉を与えてくれました。一つは、「土薄き石地(いしじ)かな」。石の間から芽を出すのは大変ですが、いったん芽を出したら強い。もう一つは、「艱難辛苦(かんなんしんく)汝を玉にす」。人間は困難を乗り越えることによって立派になる。これらの言葉に背中を押され、僕は自分の就職活動中に気づいた社会の問題点を、ビジネスで解決しようと決意、起業したわけです。
編集プロダクションで百貨店の情報誌やカタログを作成していましたが妊娠を機に退社。2男1女出産後、「就活」するも再就職は未だ成らず、万年就活中のフリーライターです。地域情報紙や介護雑誌などに、インタビューや介護・医療問題について執筆中。いまの関心事は「地域で幸せな死を迎えるには」「きもの暮らし」。