米朝一門会に出演した桂雀々、演目は「くしゃみ講釈」=1月、大阪市、宮崎金次郎撮影
孫弟子の桂雀々は入門から30周年の昨年6月、「雀々十八番」という興行で毎日3席を6日間連続、計18席をやりとげました。プロデュースは歌手のやしきたかじん。早起きした時、たまたまテレビ番組で雀々が落語をやっているのを見て、連絡してきたとか。
もとは300人ぐらいのホールで6日間やる予定やったそうやけど、たかじんは「何を考えとんねん!」。私や枝雀を引き合いに出して、「千人ぐらいのところでやる気はないんか」。大阪のシアターブラヴァがたまたま空いてて、実現した。運命やったということやな。
興行には、たかじんや藤山直美、円広志といった豪華なゲストが出てくれて、お客さんもいっぱいだったとか。「気力と体力、芸の引き出しが要る。やらざるを得ない状況に追い込まれて、プレッシャーも大きかったけれど、達成感を残せたのがうれしい」。私が初めてサンケイホールで十八番をやったのは昭和48(1973)年。あの時は痔(じ)の痛みでえらい目にあった。でも、ある段階こえたら痛みを忘れたな。医者についてもらってやりきった。枝雀にもずいぶん励まされました。
雀々が十八番でかけた「蛸(たこ)芝居」は亡くなった吉朝から教えてもらったもんやそうな。吉朝は芝居噺が得意で、このネタが好きやった。雀々にも特別な思いがあるネタなんやな。「さくらんぼ」や「せんきの虫」などの珍しい噺も入れています。十八番の最後は「愛宕山」で締めくくった。雀々は「山を登り切る達成感、十八番そのものが愛宕山でした」。サゲはそんなアホなという噺やが、ほんまにようできてる。こういう噺が時代をこえて受け継がれていくのが落語の世界の良さです。
そういえば、雀々の兄弟子の雀松はきっちりしているので、枝雀は「しくじれへんねん」とぼやいていた。ところが、雀々になったら「もうちょっときっちりしたらどうや。緊張感をもったらどうや」。ほんまに弟子はいろいろやで。私のところは子どもを連れてアルサロに出かけた弟子もおりましたからな。でも、結局は親子以上の関係になっていくんです。不思議なもんですな。
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「米朝よもやま噺」はABCラジオで日曜午前9時から放送中。