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歌江さんと昔話、私は幸せ者や

2008年7月8日

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写真共演の舞台に向けて練習する3姉妹、左から照枝、歌江、花江=00年、大阪市

 かしまし娘の正司歌江さんは、六代目(笑福亭松鶴)が元気やったころ、よう飲みに連れていってもらった……というより、飲みに連れて行かれたそうです。一度、大阪・道頓堀の角座の近くのキャバレーに連れて行かれて、いつのまにか六代目がいなくなってしもた。お金はない、帰れない、えらい目に遭うたそうや。まあ、昔は噺家(はなしか)は皆、オケラやったさかいな。

 忘れられない思い出は昭和47(1972)年5月13日のこと。漫才師の中田ダイマルさんから「千日前に飲みに行こう」と誘われたが、なんや嫌な予感がして断ったそうな。そしたら、あの千日デパート火災の知らせが入った。ダイマルさんは「うっちゃんが行けへんもんやから、僕は別の所に行ったんや」と。

 かしまし娘の活動に区切りをつけてからは、歌江さんは育ての親である松竹芸能の勝忠男会長(故人)と長いこと会うてなかった。再会したのは平成7(1995)年の阪神大震災があってすぐのこと。勝さんの安否を心配した歌江さんの旦那(だんな)が手紙を送ったんです。すると、「会いたい」という返事。久しぶりに対面した時、勝さんから「今、何がしたいんや」と訊(き)かれたそうです。歌江さんはすかさず「芝居」と答えた。それで、妹の照枝さん、花江さんと、所属事務所は違っていたけれど、3人一緒に舞台に立つことができたんです。

 芝居といえば、歌江さんは桂三枝君の芝居を観て、三枝君のファンになったとか。私の息子、小米朝の舞台も観てくれているそうです。「ちょっとした仕草(しぐさ)がお客さんの印象に残る――そんな役者でありたい」と彼女は言います。出演したい映画は「釣りバカ日誌」。歌江さんは実は釣りが大好きで、今もあちこちに出かけているんやて。「舟が、揺れても絶対に酔いません」。

 かしまし娘は3年後に結成55年になります。歌江さんは釣り以外にもマージャン、山菜採りと、趣味がたくさんあって、ホンマにお元気です。古いことを知ってる芸人がどんどん亡くなってしもた今、昔話を語り合える相手がいる私は、幸せ者やと言えるでしょうな。

       ◇

 「米朝よもやま噺」はABCラジオで日曜午前9時から放送中。

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